我が相棒と新天地を行脚する/1

Walk on the globe with my dear/1

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過去海外ツアーについて回想すると、職務上の視察旅行、設計提案や会議参加、及び私的旅行など渡航頻度は数多くあり、地域についても北/中米・・欧州・東亜・中亜・東南亜・オセアニア・ポリネシア等歴訪して来た経緯がある。
流暢な英会話と云う程ではない私にとって、世界各地行脚する機会持てたのは以下理由かも知れない、小学校高学年からの`洋楽嗜好`と、社会人以降`職業的な冥利`もあり、恩恵を被った!?のではないかと感じている。

洋楽嗜好とは、少年期影響受けたビートルズ筆頭に当時洋楽曲歌詞を、溢れる好奇心と英語圏文化に対する興味本位で、訳詞が授業合間のルーティンワークとなり、コンサイス英和辞典が当時`座右の書`でもあった。『 道は好む所により易し 』を実践した故だろうか?お陰で中学・高校の英語成績は、勉励結果ではないものの上々次第。

後者`職業的な冥利`については、ワールドワイドに出店攻勢掛ける企業の店舗デザイン課へ第二新卒で採用され、米国支社における設計スタッフ不在理由から、米国ヘッドオフィスのデザイナー就任と共に、在米設計スタッフのリクルート及び育成をミッションとし、長期出張扱いで渡米駐在した事。

また、商業施設デザイナーと云う職種がアジアで必要とされた時代に、私は商空間デザイン事務所を設立していた為、機運に恵まれた事。アジア緒国においては、日本企業的ボトムアップ組織ではなくトップダウン方式を採用しており、且つ右脳的感性が重用されるお国柄の為経営者感性も悪くなく、企業トップがデザイナー優遇する体質や、和式成功例を追随する気風もあり、日本人デザイナーにとって時宜だった。

更に云えば、音楽や芸術の様にクリエィティヴ表現(設計図や描画スケッチ等)も、或る意味世界共通語の為、言語に頼らず理解可能で海外プレゼンテーションも支障なく業務遂行出来た。勿論、詳細説明等において現地語の通訳嬢を除いては、スムーズな進行と云う訳にはいかなかったであろう。

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上記などにより海外出張頻度は比較的多く、パスポートが二冊目になる事も在ったのだが、当方出国時には必ず随行する`我が相棒`が連れ添うので紹介しよう。世界各地ついて来てくれた随行員氏名は、聖書中登場する怪力大男サムソンから命名した、愛すべき我が相棒`サミー:Sammy`である。

サミー氏!素性をご紹介させて頂けば、エース社製のキャリー・バッグで注1/日本製サムソナイト:Samsonite の事。最初のツアーからは既に40年強使い込んできた為だろうか?少なからず気合の入った風合い醸し出す。
他者と差別化する上で、好みのステッカーなど意図的に貼ったりしておらず、全て空港係員が通関時付けたシールやステッカーなので、ナチュラル仕様のマイ・デコレーション装丁となっている。

此の相棒、ハードタイプ(表装が硬質)スーツケースなんだが、旅の思い出(土産品)が壊れる不安も少なく、容易な施錠及び旅行必需品を整理し易く、且つ旅行中多少重量増してもキャスター付である為、滑る如く軽快に転がせて大変利便性も高い為、巷間評価の高い(当方においても)シロモノであった。

サミー氏との出遭いは、初海外ツアーで大型カバン必要となり、有楽町交通会館内の鞄専門店で購入したのだが、旅行日数からの推奨品ではなく其のダウンサイズ型、下着等は現地洗濯で良いし必需品も最小限と定めていたからだ、また盗難対象になり易いブランドモノも避けた。加えて、手荷物受取場で他者の誤認ピックアップ防ぐ為、目印用に多少際立つ組合せの柄物スーツケース・ベルトも同時購入。

しかしながら、永年活躍してきた相棒氏も時勢には抗えなくなってきたようだ。
海外においては、空港配送係が乗客手荷物中身を盗む犯罪少なからずある為、施錠は必須なんだが、昨今のテロリスト事件により北米渡航(ハワイ・グァム・サイパン等)においては、注2/TSA ロックが義務付けられ、老健ながら相棒に其の装備は無く、渡米時は未施錠での搭乗手続きとなる・・・・・・。

尚、電磁的スクリーニング検査(X線透視)で開封対象となり、セキュリティロック(施錠)を解除出来ない場合、空港係官が錠機構を破壊する事認められており、その上破壊行為及び内容物盗難などがあっても損害補償は一切ないそうだ。

最後に、相棒サミー氏宛永年功績につき謝意を示したい!?『 世界各国何処までもついて来てくれて、有難う 』 Thank you / Merci / Gracias / Grazie / Mahalo / Obrigado / Danke schön / Terima kasih / 謝々。


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               `Thanks a million to my dear`



注1/ 頑丈で耐久性抜群の鞄メーカー英国サムソナイト社は、1970年代初期にスーツケース製造権を日本企業のエース社と契約、しかし2004年エース社との日本国内ライセンス契約解除した為、日本製サムソナイト・スーツケース製造は終了。翌2005年サムソナイト・ジャパン社を設立し現在に至る。

注2/ アメリカ合衆国国土安全保障省・運輸保安庁から認定受けた、旅具等に備えられた施錠機構の総称、TravelSentry社製、或いはSafeSkies社製。

17:38 : 海外リポート&スケッチ:  トラックバック(-)  コメント(0)

春匂の臨海お天道様と雲ごっこ

Playing with clouds & the Sun at spring waterfront.






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                  さざなみ雲上の天城 / 20170324










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                    小粋に綿ぼうし / 20170324









19:21 : 写  真:  トラックバック(-)  コメント(0)

デッサン・ド・ムジィーク / ベイカー氏はオリーブ匂い香

Dessin de musique|Mr.Baker's the olive aroma.

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恐縮ながらトキを数十年遡る事になる。深夜AM放送聴取しつつ日夜制作課題へ取り組む美術学生時代、少なからず憧憬する女性D.J が、魅了されたジャズ・ミュージシャンの薀蓄などコメントしており、其のインド系ハーフ美人嬢より間接的暗示含む音源摂取した故だろうか、聴き手を媚薬の様な夢想ムードへ誘引し、虜にしてしまうソフト・ヴォイス主を、私は同性でありながら迂闊にも肯定してしまった!?

生来声質が甘美で中性的且つ妙に艶っぽい上、閨房術如きセクシィで繊細な演出をするウィスパリング・テクニック(息漏れ声:Breathy voice)駆使する為、巷女性達から多大な評価受けるヴォーカリスト、本業!?トランペット奏者のチェット・ベイカー氏と遭遇した経緯は、ジャズに対して或る意味ストイックではない、オリーブの匂い香?芳しく入り混じる青春期動機が介在する。

先達より『・・・・ナガラ族 』などと云う名誉称!拝命する程、ラジオ放送聴きつつ机向が学生達のトレンドだった時代、諸番組中「 注/1ザ・パンチパンチパンチ 」なる深夜放送もあり、初代D.J にはオーディション選出の「 モコ・ビーバー・オリーブ 」嬢達がパーソナリティ務め、当時大学生や受験期迎える団塊世代から少なからず支持され、テレビ番組出演やレコード発売するなどアイドル的存在になっていた。

中でも私は、冒頭ハーフ美人のオリーブ嬢(シリア・ポール|Celia Paul)へ思いの波長を寄せており、愚生製図板前には彼女中心のアイドル・フォトコラージュ・パネル掲載させつつ、課題制作の疲労感で顔を上げれば、眼福効果(目の保養)と共にカジュアルなヒィーリング在ったのではないか?と記憶する。

しかしながら、その時はベイカー氏音源購入までに至らず聴取のみでフェイドアウト、時機到来には今暫らくの仕込期間?と人的触媒!が必要だったようだ。

学卒後、商空間デザイン業界の大手へ入社、配属された設計課上司が幸いにも音楽への造詣深く、当方ジャズ嗜好を聞き及んだのか、或る時『 此れ聴いてみる? 』と差出された`C.Baker SINGS`を観た際、忘却彼方から淡いオリーブの芳香と共にベイカー氏記憶が甦り、再邂逅できた次第。
その晩、早速借用LPをターンテーブル!へ乗せ試聴するのと同時に、SONY:オープンリール(7号)テープデッキ!で収録済ませたのだが、聴覚満たされたとは云え所有欲の疼きを抑えられず、下記二枚の氏アルバム初購入する事になった。

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      C.Baker SINGS'56          C.Baker in NEWYORK'58

チェット・ベイカー氏の風評や逸話は数多く存在するものの、残念な事に或る意味不名誉な内容も少なからず聞こえてくる。其の素因となるのは、求音への限界感じる為なのだろうか?現実から目を背け理性的判断から乖離した状況へ追い込まれた結果、不健全な創造性による自壊した姿(酒色や薬物中毒)を、人前へ晒しつつ活動せざるを得ない立場だったからかも知れない。

ところで、若く才能に恵まれたプロフェッショナル職業人への、邪悪な仕掛けが俗世には在るように思う。天賦の資質が若齢期に開花し、世間から脚光浴びると同時に耳目集め名声を得られる反面、若いが故に彼等の陥りがちなトラップ、公的秩序に背く行為の方程式如きパターンがある。
業界やファンからの期待を一身に背負い、それら要望へストイックに応答しようとするあまり、自意識過剰で精神的に追い詰められ、強いストレスから自我守る為クリエイティヴ現実から逃避する術が習性となり、酒色や賭博へ深入りした挙句の暴力沙汰、辿り着く果てはパンドラの箱(薬物)と云う禁忌に手を染め、その常習化から精神及び人格が破綻し、前途有望な若者を暗黒の道程へと導く。

若き俊英全てに該当する訳ではないものの、氏においては其れらしき兆候垣間見られる為、ヤジ馬根性で風聞をネット検索すれば、皆目周知と思うが注2/管楽器奏者にとって大切な前歯欠損したまま公演する痛ましい姿残されており、吹奏時ブレス・コントロール難儀したのではなかろうか?甘美な息洩れ声にも少なからず影響及ぼしたかも知れない?等、杞憂ながら要らぬ勘ぐりしたくなる映像も存在する。

巷間諸説飛び交うネチズン好みネタなんだが、其の因果については薬物授受の際トラブルから乱闘騒ぎに至り・・・、また常習者は口渇するので口腔衛生悪化の末に・・・、或いは異常な甘味嗜好する・・・等々から、歯はボロボロになってしまうらしい。

とは云え、ヴォーカリスト&トランペッターと云う二兎追う者ゆえ苦悩倍加する一方で、希代の楽器を謳わせる!?才能持併わせており、その能力に対し躊躇する必要へ迫られないアーチストでもあるのだ。    
晩年の音源聴取する際、ジャンキーな印象を察知する事無きにしも在らずだが、それでも特殊効果思わせる歌唱や吹奏はミステリアスな響きと余韻を含み、枯淡の境地とでも云ったら良いのだろうか?厳選された符音狭間には芸域や空寂が在り、俗臭覗かせない渋み在る涼やかなサウンドからは、確定的事実として紛れもない正統派ジャズを感じずにはいられない。

また、歌唱法につき時代考察加えれば、1960年代初頭世界的潮流起こしたボサノバのアントニオ・C・ジョビン及びアストラッド&ジョアン・ジルベルト等のブラジル・ミュージシャン達へ、氏ヴォーカル・スタイルが多大な影響与えたのではないだろうか?また、此の種の発声法は、ボサノバ風味漂うマイケル・フランクスやシャデー等へも少なからず参考となったようにも思う。

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           Study-1                    Study-2

素描創出時、上記Study-1/2のイメージ・ラフスケッチを描き起こしつつ、若年期においては妖精とも評された氏の観念的妄想を巡らしながら、幻想的フィクション・ワールドへ踏み込み夢遊してみる。
下記は其の下絵プロセスで、`当方青年期想い出`と`二兎を追う者~`及び`妖精`と云うモチーフから、ルイス・キャロル氏作品に知的刺激受け恵与された未完成作画なんだが、非現実的思考である旨ご容赦頂きながら描いた内容記述すれば・・・・・、

不思議の国の二兎を追う幻覚でも垣間見、月下に浮かぶ窓枠がウサギ穴にでも見えたのかも知れない。1988年西ドイツ公演後オランダのホテルへ宿泊、そして5月13日金曜日の午前3時頃、運命の糸に導かれつつ謎の白ウサギから幻惑され、不思議の国の小さな兎穴へ追尾して行ったのではないだろうか?

愚拙な想像力働かせ『 痛みと憐れさと儚さ 』伴う架空の脚色をしてみたのだが、どん底から再起目指していたとは云いつつも、折悪しく終の棲家(当日宿泊居室)にはヘロインが残されていたと云う。

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          `Mr.Baker's the olive aroma` / Unfinished.

                     

本名:チェズニィ・ヘンリー・ベイカー・ジュニア氏|Chesney Henry Baker Jr.
1929年合衆国オクラホマ州イェール出身ジャズ・ミュージシャン。ウエストコースト代表するトランペット奏者、且つ艶っぽい歌声評価されるヴォーカリストでもあり、デビューアルバム『チェット・ベイカー・シングス』は著名、ジャケットは氏撮り続けた写真家ウィリアム・クラクストン|William Claxton。死没:1988年5月13日深夜、オランダ・アムステルダムのホテル2階窓から転落し謎の死を遂げた、享年58。


※ 此のトピックは、昨年11月日本に於いてロードショー公開された、イーサン・ホーク主演映画『 BORN TO BE BLUE / ブルーに生まれついて 』を視聴する以前に、著述したものである旨、ご了承頂きたい。

注/1 AMラジオ・ニッポン放送の深夜15分間番組(1968年6月~`82年12月)、スポンサーは平凡出版(現マガジンハウス)の若者向け週刊誌「平凡パンチ」、テーマ音楽を三保敬太郎氏、初代パーソナリティが、シリア・ポール:オリーブ、高橋基子:モコ、川口まさみ:ビーバー、各美人嬢達であった。又、当時FM放送はNHKと東海大学実験放送のFM東海(後FM東京)2局だけで、FM深夜番組など無い時代。

注/2 1959年イタリア・トリノにおいて、コンサートホールにもかかわらずサングラスのまま歌唱する(目周り青アザ故か?)`My Funny Valentine`
1964年ベルギー・ブリュッセルにおいて、`Time After Time`歌唱時も前歯欠損、トリノから5年経過もそのままなんだが、当時治歯技術なかったのだろうか?

17:39 : デッサン・ド・ムジィーク:  トラックバック(-)  コメント(0)

カラオケする門には福来たる!?

Fortune comes in by a merry karaoke gate ! ?

商空間の設計業務に雇用時及び事業主を含め40年強携わらせて頂いているが、クライアントは産業分類で云えば第三次産業からの依頼が殆んどである。注1/ 業態としては五業態全てに亘り、デザイン職種の宿命なのだろうか?当代のトレンド業種(新業種)企業から、いち早くオファーを受ける事少なからず在った。

物販・飲食・サービス業態の業種としては、カフェバー/キャラクター雑貨店/メガストア/ショッピングセンター(GMS)/ガーデニング施設/移動体通信企業/老人福祉施設など。娯楽業態の業種では、アミューズメントセンター/フィットネスジム施設/個室カラオケ施設/テーマパーク等々、関わった業種は多岐におよぶ。

当然最先端の情報や、該当業種に関わる法規等を研究しつつ設計に臨むのだが、常の新鮮さから向上心やヤリガイを多分に刺激される為なのか?多忙ながら精神的には満たされていた。しかしながら、ニッチ・ロケーションから現出してくる新業種は、現行法令の網外となる事も少なからず在り、困惑しつつ行政対応した経緯がある。

参考例として挙げれば、業種発生直後の`アミューズメント・パーク`は、パチンコ業界及びゲーセン(注2/ 風営法7号と8号)業界の法制度を適用され、賭博行為まがいの店舗という理不尽な扱いを受け、筋違いも甚だしい不合理さを感じた。

また`個室カラオケ施設`においては、密閉区画居室と云う所轄警察の判断からか?不本意ながら個室サウナ(風俗関連営業1号)、或いは区画席飲食店(風営法5号・6号)などと同種にみなされ、止むを得ないとは云え適法不在に違和感や矛盾感じつつ、それら法規を精査した上で設計スタートした事思い出される。

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                 photo by M.Aikawa. 20160610

さて過日の事だ、海外から一時里帰りしている友人があった為、久しぶりに幼馴染みの音楽好き仲間達と会合機会アポイント、その二次会において`以前は新業種`だった経緯を忘れてしまう程、繁華街何処にでも所在する個室カラオケ施設へ参上する事となり、オールディーズのど自慢バトル!?(昭和オヤジ必然)を敢行したのだが、施設内見回せば消防法や深夜酒類提供飲食店法等の諸法規整備も改善しつつ、改正風営新法に基づきカラオケ居室が施工されており、矛盾かかえた設計ではないようだ。

その折全員のソングリストは、青少年期共に過した1963年~`90年代頃のマージィービートやロックやポップス、J.ポップやサザンやG/Sなど、喉頭声帯をアルコール消毒で潤すと共に昭和情景の余聞珍聞ネタで盛り上がり、また各々の好み楽曲リモコンに打ち込みつつ聴き耳を立て、時にはハモったり或いは鳴り物で唱和する者など、個室内は幸福感のシナジー効果!?から青少年期タイムマシーンの如き様相を呈し、オヤジ達6人は日常生活やトキの刻みも忘れ、エビス顔で全43曲を唄い通した。

因みに当方は、少年期多大な影響受けたビートルズ楽曲は唄い過ぎた(飽きた?)故だろうか、恐縮ながら今回敢えてソング・コンセプトから意図的に外させて頂き、R&B/ジャズ・スタンダード/ブルース&ロックなどにセレクション変更したものの、未体験楽曲も含まれていたからか?事前シュミレーションが必要と感じた作品も在った・・・・・。とは云いつつ、概して無難に唄えたのではないかとも思う?

ついでながら、手前味噌並べる旨ご容赦をお願いした上で、当日私が唄ったカラオケのリストをピックアップし、最下段へ選曲順に列記してみたんだが、各ミュージシャン達の十八番のような楽曲ばかりでもある。

また、上記画像は同席した友人から謹呈されたオリジナル・データを、オールディーズ風味表現する意味で色彩など調整し、懐古チックなセピア調への再編集メタモルフォーゼ写像とさせて頂いたが、お恥ずかしい限りの絵姿を吞み込みつつ、拙唱する愚生ショットをクリップ次第。

        1/ ファンキー・モンキー・ベイビー  : 憂歌団
        2/ What a Wonderful World  : Louis Armstrong
        3/ 接吻                  : オリジナル・ラブ(田島 貴男)
        4/ ラララ・ラブ・ソング         : 久保田 利伸
        5/ 愛について              : スガ・シカオ
        6/ White Room           : Cream
        7/ Every Breath You Take   : Police
        8/ スウィート・メモリー         : 松田 聖子



注1/ 全業種が五種類の以下`業態`に分けられている、物販業・飲食業・サービス業・娯楽業・文化教育業(カルチャー業)。

注2/ 詳細説明については専門家へ委任するが、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風適法または風営法と略記)。

21:28 : 音  楽:  トラックバック(-)  コメント(0)

花惜しむ新緑瑞々しい登坂路 / ポタリング

Flowers over in the fresh verdure uphills | Pottering 20160419

幹線道路の光る風中を駆け抜ける遠乗りも、爽快で清々しい気分味わえ程々に良いものだが、新緑瑞々しい登坂路での力漕は、この時期限りの不快感一歩手前?!如き妙な汗水感じつつ、七曲畝道を辿るのも一興に値する。

しかしながら高温多湿の我が国夏季において、里山登坂路ペダリングとなると脱水症状や熱射病などでダウンの挙句、救急搬送!覚悟のチャレンジになってしまうかも知れない?、故に「 傍迷惑を省みず・・・・」なんて無謀なサドルはするつもりもない為、初夏の兆しある梅雨直前(今頃)が、登坂路走行ベストシーズンだと思っている。

また平地走行でもウォーターボトル要携行だが、登坂路では特に水分補給が肝要となるので、予備対策として経口補水液(ゼリー状)を忘れずに装備する。併せて、山野における花鳥風月などの観賞用として双眼鏡も必需品だ。

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ところで、日本における名門ゴルフクラブは全国点在するが、茅ケ崎市北部の丘陵地帯にもプライベートなメンバーシップ・ゴルフ場、超高級『 スリーハンドレッド・クラブ 』が昭和37年(1962年)開設し現存している。
日本の政財界一流人約300会員で組織され、資格は政治家において首相及び大臣経験者に限り、財界人では一部上場企業の50歳以上(当時は55歳定年)、他ゴルフクラブとの相場比較で入会金及び会員権は約10倍強、入会基準は殊の外破格で狭き門だが、日本駐在の外国大使においては入会金不要とされていたようである。いずれにしても、一般ゴルファーとは全く縁のない閉鎖的なゴルフクラブと考えられていた。

事業開発の主体者が東京急行(東急電鉄)衛星都市建設部とあるものの、主役は東急創業者五島慶太氏の長男であり、戦後東急中興の祖とされる五島昇氏。詳細説明は他者へ委ねるとして、此のゴルフクラブを単なる特権富裕階級の閉鎖的な高級社交サロンと考えるのは、些か正確さ欠いた誤解である事を述べつつ、今編本題である其の山野周囲を巡るワンデイ・サイクリングに出掛けよう。

さて花見頃も瞬く間に過ぎ去り、夏の香り醸造する青匂漂い始めた頃、香わしさ濃い朝露の新緑浴びる意味で、微風そよぐ湘南北部丘陵地帯の登坂路へ向け、午前中ペダルを踏み出す事にした。自宅からそれ程時間費やす事もなく、一汗程で森林に囲まれる丘陵地の起程点へ建てられた、300クラブ象徴!エンゼルフィッシュ・マーク案内サイン下へ参着、此処からは一気に急坂な登坂路が始まる。

急坂登りだすと直ぐに息が上がり、立ち漕ぎ(ダンシング)で力漕するもバイク・バランスが崩れ進行難儀、時折り黒塗り大型高級車両!(ベンツ等)通過もあるので、接触事故などの問題回避する意味で一旦降りて押し歩く事に、暫時押しチャリの道すがら路肩散りゆく花片見遣りつつ、緩傾斜坂路まで歩くと再びスタートだ。

そして漸やく駆け登った丘陵頂きに、赤く大きな切妻屋根の風格在るクラブハウスが正門奥に構えていた。門前に駐車中の車両は、殆んどが黒光りする大型高級車両(マジェスタ・レクサス&ベンツ等外車)ばかり停めてあり、自家用車両もあればハイヤーも在るようだ、何故ならば制服着用の運転手らしき者が周辺に数人屯しており、まるで江戸期伴侍の"下馬評"想起する様相を呈していたからである。

正門前の平坦路を通過すると、直ぐに緩傾斜下り坂となるものの急カーブとアップダウンが連続し、尚且つ道幅も狭まり中には急坂な下りも含まれ、目一杯ブレーキ握る必要に迫られる場面もあった。しかし徐々に坂道も終局へ向かい、木漏れ日の下通過車両へ注意払いつつ、芝生と新緑木々に囲まれたゴルフ場縦断する間道を通り抜け、あたかも森林浴さながらの周遊走行を愉しんだ。

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             ロゴマーク         本日走行距離:28.56km


                  0 / 300clubアプローチサイン
                  1 / 登坂路の散花
                  2 / 平坦狭隘路と愛車
                  3 / S字カーブなアップダウンヒル
                  4 / フェアウェイ間道から隧道へ
                  5 / トンネル・アート!?
                  6 / フェアウェイをくぐり抜ける
                  7 / 緑壁の崖は外断熱?
                  8 / 帰路に咲く花々
                  9 / 経口補水液と双眼鏡


16:00 : ポタリング:自転車:  トラックバック(-)  コメント(0)