ミラノ ・ ミラノ

Milan Milano | Dove

外部からハトが入らない様、

大きなネットが入口に!少し興が冷めてしまう。

しかも、いつも風に揺られてユ~ラユ~ラ。

バードシット被害に対して、浅はかな人間の仕業だが、

数羽の、しかも全て真っ白な鳩が楽しそうに陽遊( 飛悠 )してる。


      milan_001sm.jpg

          アーカイブ・スケッチより | from Archive sketch

イタリア北部ミラノ市に在るヴィットリオ・エマニュエル二世アーケード | Galleria Vittorio Emanuele Ⅱは、日本的に云うと大きなアーケード街、現代的な言い方するとショッピングモールであろう。

しかし遭遇した印象は、かなり趣の違うイメージを持った。

歴史的な重みと云うか、深みなのか?優しく包み込まれ、温みや肌合い感覚が全然違うのだ。それが「 界隈性 」だろ!と一言では片付けられない何か?を、コノ風合い在る環境が語っている様な気がする。

モール | Mall の発想は、ヨーロッパ各都市に点在するガレリアやパサージュ | Passage が、原点であり発信地である事、想像に難くない。

そして現代のモールは、スケールメリット生かし店舗数も多く綺麗で、楽しく時間消費出来るようテナント配置し設計されている。

しかし、ヒューマンスケールを超えてしまっている施設も少なくない、徒歩体力が持たない大きさに呆れてしまう施設も在る、その為かどうかは不明だが最近の床材は、メンテナンス上以前は在り得なかった「 絨毯敷き 」(疲れ難い様に?)も、しばしば見かけるようになった。



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ローマ ・ ローマ

Rome Roma | Pantheon | 万神殿

この神々しい光が差し込む荘厳空間を、形容出来る言葉を知らない。

パンテオン天蓋には、`目`を意味するオクルス | Oculus なる採光用丸窓から、

真に神々の可視光線の如く`凛`とした天然光が舞い降りる。

そして差し込む光は、時間経過と共に大理石床面をマーキングしてゆく。

しかしながらオープン・エアである為、自然光だけではなく風雪雨共に、

その存在と臨場感を格別なアトラクション?!として味わう事も出来るのだ。

また、この床上43.2m 開口部のお陰であろうか?

天蓋の石積厚が1.5mも在る、重厚な円形ドーム質量を全く感じさせない。


街中で素描すると必ず多勢の見物客に囲まれる、ココではオーストラリアの女学生達に囲まれながら、多少緊張感じつつサインペン走らせ、45分位でこのスケッチを描き上げた。


pantheon_roma_sm.jpg

美術を志した方々ならば、マルクス・アグリッパ | M.AGRIPPA と云う人物を、石膏デッサンの対象として良くご存知のはずだ。
或いは学生時代、美術授業でもその石膏胸像を描いたご記憶、御在りの方もいらっしゃるのではないだろうか?

約2000年程昔になるのだが、そのアグリッパ氏が建設進行の指揮を執り、ローマ神殿としてパンテオン(万神殿 )を建造した。しかし建立暫く後には火災で焼け落ち、現在ローマ市内に遺る建造物は、7世紀初頭再建された遺跡なのだそうだ。

ローマ時代各地のパンテオン | 万神殿は、ローマ帝国がキリスト 「一神教 」 に変化してゆく過程で、その役割を終焉させていった。しかしながらココは、キリスト教の聖堂として生き残った為、破壊から免れたと伝えられている。

また宗教的な事情からなのか、著名人物達の墓標も多く刻まれ残っているようだ。16世紀の天才画家、ルネッサンス盛勢期におけるフィレンツェ・メディチ家至宝、ラファエロ | Raffaello Santi の墓石が祀られている事でも、有名な場所となっている。

               パンテオンの建築断面図 | SECTION
   rome_pantheon_section.jpg
    " Hadrien et l'Architecture Romaine" by Henri Stierlin.


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モントゥルー ・ モントゥルー

Montreux Montreux | Slope town

スイスは、世界の背骨がある国と云われている。

平野が少なく、アルプス山脈中に国が存在する・・・・・、チョット大袈裟だった。

しかし、山や高原リゾート地として有名な山岳観光立国では在る。

ところが雄大な山脈ばかりではなく、結構小さな山々も市街に迫って来ている。

従って当然ながら街では急勾配の登板路も数多く存在し、

ローザンヌ | Lousanne やモントゥルー | Montreux 市街のイメージでは、

特記事項として、坂下る車の 「 エンジン・ブレーキ音 」 が常時聞こえる街、

印象として強く感じたのは、そんなつまらない事柄が記憶として残る。

montreux_slope_sml.jpg

ところで、我々はこの国をスイス | Suisse と発音する、これフランス語なのである。英語圏では云うまでもなく`Switzerland 、しかし正式にはスイス連邦 | Swiss Confederation と呼称する。

因みに独語 | Schweizer、伊語 | Svizzeri 等、それぞれ隣国とはいえ随分と呼称も違う、こんな事が意外と知られていないのは島国日本らしい。

国名等の呼称方法に付いては、当事国同士で国際条約締結されているのを、ご存知であろうか?
新聞や放送等ニュースソースにおいて、台湾や中国の漢字音読を地名・人名含め特別に日本読みするが、基本的取決めでは 「 ローカル発音 」 する事となっている。従って同じ漢字国でも北朝鮮・韓国は現地読みしますよね、これらは条約の結果そうしている。

チョット寄り道してしまった、スイスに戻ろう。
既に周知の事であるが、観光都市スイスそれぞれの街には、美しい景観や町並・村落を体感する為、世界中から人々がやって来る。それらの人々を怪我から守る為の、リスク回避意匠なのだろうと勝手に思い込み、街中`トラフィックサイン`周囲に「 パイプリング付の標識 」をスケッチして来た?

こんな風にデザインすれば当然製作費も掛かると思うのだが、世界中の観光客に対するスイス政府観光局の 「 配慮ある交通標識 」なんだろうと、「きっと」「多分」「お願いだから」・・・そうに違いないと、スイスへの期待込めて今でも頑固に希望を抱いている。


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ミュッテン ・ ミュッテン

Murten Murten | ラーベン & 騎楼

アルプス山脈の造山活動由縁とするのか?

「 湖水 」は枚挙に暇がない程存在し、

大・中・小の 「 湖畔町並み 」 にも事欠かない山岳観光国スイス。

レマン湖畔 | Lac Leman のローザンヌ | Lausanne 市街から、

ベルン | Bern市方面へ北北東60km程の場所に、

レマン湖より多少小面積の、ヌーシャテル湖 | Lac de Neuchatel は位置する。

そこから少し東側にまた小さな湖が在って、モラ湖 | Lac de morat と云う。

その畔端、城壁に囲まれた町、

中世ヨーロッパの雰囲気と佇まいを、現代に媚びず十二分に醸し出す、

ミュッテン | Murten は在った。

            ミュッテン城壁内からエントランス時計塔
murten_oldtown_lauben_sml01.jpg

コレは、その街で面白い建築デザイン様式を見つけたのだが、スケッチする時間もなく移動してしまい、しかし何と無く気になっていた為、後に描き残しておいたサーベイ・スケッチ | Survey sketch である。

帰国後、建築関係書物で調べた結果?
興味対象物は、「 ラーベン | Lauben 」と云う雪避回廊である事、判明した。
冬季の防寒対策として伝統的なスタイルでもあり、降雪時吹雪いても歩行支障ない様、歴史・風土による建築条例が過去に在ったのだそうだ。

この町全体の建築物1階部分は、図のように建築ファサード | Facade から通路分セットバックさせ、その奥にそれぞれの店頭や玄関入口が在るという設計になっている。
とは云うものの、国際衛生都市ジュネーブ | Geneve市内には、この様な伝統的スタイルも時代と共に淘汰されてしまうのだろうか?オールドタウンでさえも殆ど見かける事はなかった。

             ラーベン | Lauben | 雪避回廊内観
murten_lauben_sml.jpg

回廊内観は図の様にアーチで補強されている為か、遠近感をより強く感じられる空間となっていた。建築強度に付いては、外観地上階部分の外柱面傾斜させている事も、恐らく補強対策なのだろう。
また夏季には、往来までパラソル付カフェ・テーブルを出すが、寒冷期はこの回廊内部に並べられ、その上で風除用アクリル板を建築ファサード面に沿って立てる等、冬季対策の工夫は怠らないようだ。


舞台も変わり後の事になる。

`89年初めて台湾を訪れた折に、ミュッテンで見た建築様式を想い出す事になる。
台北市内の建築地上階空間も同様にセットバックし回廊となっていた、現地北京語では「騎楼:チーロウ 」 と呼称されている。

理由を聞くと、平和ボケした我々日本人は俄かに信じられないのだが、当時中国本土とは戦時臨戦態勢である為、空爆或いはミサイル爆撃時の爆風や破壊力から人体守護を目的とする、と言うのだ。
執拗に詳細確認すると、地下防空シェルター入口は適所存在し、そこまでの避難路機能として設置する法律義務があるとの事だそうだ。しかし真偽の程は定かでない、としておく。

・・・・・・、物騒な話題になってしまった。
しかしながら 「 ソノ機能 」 以外にも目的が在り、やはり南国台湾は夏季温度も40℃程となる為、スイスとは逆の意味合いで、 「猛暑対策 」 において利用されるとの事であった。

また、不勉強で恐縮なんだが日本の豪雪地帯にも、伝統的風土から培われた類似建築様式が恐らく存在すると思うが、如何であろうか?


18:34 : ヨーロッパトラックバック(0)  コメント(0)

スイス ・ スイス / 1

Swiss Suisse | Gable-1

スイス国内は、地域によって数ヶ国の言語が存在する。

滞在していたレマン湖周辺では、ジュネーヴ・ローザンヌ等フランス語地域だ。

言語だけではなく各地域の建築様式も、趣や風味が夫々違い興味深い。

建築様式と言語は、街の歴史(戦史?)を物語っているのだろうか?

この国が 「連邦 」 の証明でもある、しかし事実関係は不明・・・否、不勉強。


下記はモントゥルー市内の建物スケッチ、香りがフランス・チックなのだ!

サンフランシスコ市内に在る、仏国コロニアル・スタイルのような色彩で、

屋根が淡いパステルピンク、外壁下見貼りはアンティークホワイトと、

塗装仕上げにて、極めて女性っぽく優しい風合いなのだ。

意匠から 「 寒さ 」 を感じられないし、南方系ガリア・ラテン等の香りが漂う。

  swiss_gable1sm.jpg

一方、平地湖水地方から、東北東の山岳地帯へ向かう。

すると、「 女性的な品位 」 から 「 男性的な頑強さ 」 へと建築様式も変容する。

そして、使用言語はドイツ語となる。


ココは登山で有名な街、インターラーケン | Interlaken。

しかし、登山する為には未だこの先の分岐点まで進まなければならない。

ラウターブルンネン、またはグリンデルワルト何れかの方向選ぶ為に。


下記スケッチだが、スカイライン全て 「 素焼き・ウロコ瓦 」 覆う反り屋根だった。

外壁は総石積み、資源活用し近隣石切場から採取でもしたのであろうか?

また尖塔形状からは、何故か?東方の香りも(イスラム)微かに伝わってくる。

屋根瓦には苔が付き、テラコッタ隠れ殆ど濃緑色、外壁は石色?濃いグレー。

そして尖塔意匠から、柔和さとの折衷創作感じられ、

言語・習慣・民族等の違いが、歴史的調和遂げた結果 なのではないかと、

勝手な想像での推理だが、意外と真理に近いかも知れない。

         swiss_gable2sm.jpg

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