街中の景観 / 雑木林

Town scape | Thicket.

スタジオ・ジブリ作品『 となりのトトロ 』は、昭和30年頃の武蔵野里山をモデルにしており、「 雑木林や田園風景の郷愁 」と云う、嘗ての東京面影がノスタルジックで懐かしく、ヒットへ繋がる要因だったのかも知れない。

職業柄「 材料学 」必須の為、現在まで木材とは深い関係保ちつつ、多少なりとも知識も持合わせている。しかしながら、上記「 ゾウキバヤシ 」が人工林だったなど思いもよらず、近年`低炭素社会`関係書読んだ際、教えられたのだ。


さて、「 雑木林 」と云えば武蔵野!を思い起こす方々多いだろう(全国イメージではないが)、そして武蔵野とは広義に、旧「 武蔵国 」台地及び原野指す一般的な呼称である。
下記古図によれば、「 東京都と埼玉県ほぼ全域、そして神奈川県北東部 」まで包含し、古来より「 武州 」とも云われていた。

この林を形容する造語創出時期については、時代を明治後期まで遡る。文豪国木田独歩氏が1901年(明治34)発表した小説『 武蔵野 』に、広葉落葉樹四季折々の美しさへ感銘し創作したのだろうか、「 雑木林:ゾウキバヤシ 」らしき記述が在り起源とされている。

また、業務用語だが林産業において「 ザツボクリン!」なる同名異語も存在し、スギやヒノキ等の有用人工林へ対し、そうではない叢林を指す語彙がある。実を云えば「 そうではない叢林 」へ分類された事に、歴史的な意味と中々興味深い経緯も込められているようだ。


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                延喜式古図 / 武蔵国の諸郡


話は江戸開府直前の事だ、朝廷御座す雅な雰囲気持つ西国地域、それに比べると原野不毛地帯だった東国、開拓され始めた理由は徳川家康の江戸遷都からである旨、ご承知だろう。

当時、武蔵野西側一帯は台地の為水利も悪く不毛原野、東側は利根川が江戸湾へ流入していた事も在り、氾濫多発の泥沼湿地帯、農耕地や居住地として人畜有害な!?ススキヶ原や芦ヶ原だったのだ。
しかしながら江戸期へ入ると状況一変し、泥沼湿地帯は利根川河口を銚子方面へ移動させ、原野台地へは灌漑用水や野火止用水等、家康による一大治水事業が功を奏し、居住可能地域として開発され百万都市へ変貌していく。

当時(中世)の生活必需品の内、治水事業から水利は確保出来た。次に、食事や摂暖手段と云う事になるのだが、燃料となるモノ(薪や炭)の手配必須であるにも拘らず、ソノ資材は植林しなければならなかった。

何故ならば、当時武蔵野自然林は燃料不向きな常緑広葉樹(シイやカシ)が主である為、短期成育と可燃性併せ持ち、且つ農作業用(堆肥や腐葉土)の多目的人工植林、開墾する必要性急務だったのである。
したがって、燃料利便の上15~20年で萌芽更新し、堆肥にも最適な落葉広葉樹クヌギやコナラを「 人工林 」として、武蔵野原野一帯へ植樹していった。

その植樹林帯が、現在関東平野全域へスプロール状に点在する、辛うじて残されている希少価値の自然?ザツボクリン、「 そうではない人工叢林 」武蔵野雑木林の事なのだ。

              Thicket of`MUSASHINO`mood.
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         1.下刈りされた雑木林
         2.下刈り及び間引された雑木林
         3.下刈りされず照葉樹に駆逐され原生化した雑木林
         4.間引・枝落しされた国策有用人工林(杉・檜)


また有用人工林とは、国有・民有林問わず奥多摩や秩父地方等に、国策で計画植樹された建材価値在る人工林(高価な杉や檜)と云う意味であり、現在では樹齢注1/ 50年モノへ成長している。

そして、下刈り・枝落し・間引等人手間入れない有用人工林や雑木林は、優先種(シイやカシ)の常緑広葉樹に駆逐され、クマザサ等下草繁茂しつつ原生林化進行し、日照が遮られ落葉も萌芽もない為、落葉広葉樹(クヌギやコナラ)等はやがて朽ち果て、長い年月経過と共にだが注2/ 極相林へと遷移してしまう。

こうなってしまうと、地中孵化必要な昆虫類等は育まれず、昆虫餌とする鳥類や哺乳類等への影響重大で、小さな食物連鎖不能から大きな環境問題へと、発展する可能性無きにしも非ずなのだ。

したがって、優先種原生林化遮断する為には人工手間必須であり、日夜急傾斜の有用人工林へ入山し作業行う方々重労働思えば、昨今問題視されているスギ花粉症元凶の有用人工林、木造家屋居住する我々日本人においては、安易な非難など慎み、自然林・人工林問わず根本的対策講じる必要性求められている。

今こそ、自然遷移と共生して来た先人達知恵を、現代的に咀嚼させて頂きながら研究開発しなければならない時期、迎えつつ在るのではないだろうか?




注1/ 戦後住宅復興需要の為、それまでの有用人工林を使い果たしてしまい、既存するのは殆んど昭和30年代植林された、80年程で成育する針葉樹(杉・檜等)も現在50歳を迎えている。

注2/ 植物群落の時間的な変化は遷移、人手を加えない限りこれ以上変化しない姿を「 極相林:キョクソウリン 」と云い、関東地方ではシラカシ林へ充る。

※ 掲載写真は近隣で撮影した為、神奈川県内である旨ご了承の上参照下さい。

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街中の景観 / アーバン・オアシス

Town scape | Urban Oasis.

都会における「 注1/ ヒート・アイランド現象 」、既に一般用語化から久しい!

しかし、この現象以前より都市景観造り一環として、緑化基準の法制化も進められて来ており、建築設計及びランドスケープをデザインする上で、植栽計画は重要なポジション占めつつあるようだ。

建築計画における緑化は、美観上処理と云うだけではなく、夏季照射熱の排熱削減や葉樹冷却効果等を目的に、太陽光吸収量緩和策の意味合い多分に含まれている旨、皆目周知で在る。近年、屋上緑化や壁面緑化等、都市によっては一定条件の下義務付ける自治体も在り、助成金が出るケースもある。

そしてミクロ的だが、中心地区ビル街「 注2/ 公開空地 」拝見させて頂ければ、各地共積極的に緑化導入しており、非自然ガーデンとは云え都会のオアシス的要素盛り込まれ、グリーンゾーンが涼感アメニティ計画において、果たさなければならない役割と実態、近年再開発施設から具に観察出来た。

また、緑樹計画は概ね二種類へ分けられる。準自然環境取入れたグラウンドレベルの、庭園やポケット・パークに代表される『 アースワーク・ゾーン 』、芝生アプローチ・花壇・親水空間等へ囲まれたペイヴメントを、散策された方々もいらっしゃるのではないだろうか。(下記1.2)

今ひとつは、地上以外の建物各階層における『 テクノスケープ・ゾーン 』、僅かな自然イメージを効果的にデザイン処理し、エコロジー環境醸造する添景アメニティが、各施設とも数多くシーン展開されている。
躯体床面へテクニカル処理した樹木やプランターでは在る、しかしながらグリーン存在が憩える空間創出し、訪れた方々の気持ち和ませる役割果たしており、これらもグリーン環境上見落とせないアイテムであろう。(下記3.4.5)


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         l_sacape05sma.jpg 5
                1/ 丸の内ブリックスクゥエア 
                2/ ペディ汐留
                3/ カレッタ汐留
                4/ 六本木東京ミッドタウン
                5/ 汐留シオサイト
                
ところで、「 コンクリート塊&鋼材 」の放熱中和する役割は、植栽に限らず施設内歩道や舗石にも新技術導入されており、透水性・保水性・遮熱性へ優れる舗装敷設されていたり、その他エクステリア材料にも高光反射率素材や塗料等、条件によるものの各施設内採用されだしている。

また、親水環境の整備も大変重要で在り、噴水や池やせせらぎ等の水辺環境と共に植栽物陰へ、散水スプリンクラー設置しつつ、最近ではドライミスト噴霧器など新たな冷却機器設置も、都心型施設足元へ見かける様になり、複合施設内ガーデンエリアが、『 アーバン・オアシス 』呼称される由縁なのかも知れない。



注1/ グリーン計画のみでは解決し難く、行政含め学識者や専門家達参加し、より大局的打開策も講じられており、夏季海岸からのオンショアを、中心地区ビル群通過させ郊外へ吹抜ける、「 風の道 」考慮するなど都市計画的視点から、対策見い出そうとしている。

注2/ 一般的には使用されない用語だが、敷地内では在りつつも歩道や公園等の用途で、誰もが使用可能な場所を云う。
厳密には建築基準法に基づき、建設時の規制緩和条件クリアした後、周辺環境へ配慮し空地指定された場所、一般公開が基本となっている。

 
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街中の景観 / 晴れ時々遊び心!

Town scape | Just for fun !

コンクリート塊林立する大都会の狭間を、然したる目的もない夢遊歩行で現在地不明に陥った、しかしながら失踪感弄びつつ遊行すれば、イキナリ目前視野が解放され、小規模とは云えお洒落で小粋な広場(ポケット・パーク)へ、思いも寄らず遭遇したのである。

他に何もない広場へ、凛として佇む其の未来的なオベリスク | obelisk は、繊細且つ頑固な排他バリア発信するものの、数学的リンケージ感じさせる有機フォルムからは、セル(細胞)如き生体温もりと知的湿潤さ持ち合わせ、慈愛さえも醸し出す雰囲気で、柔和な後光と共に空間全体を包み込んでいるようだ。

広場自体は彫刻存在感も在りながら、真に無味乾燥なアスファルト砂漠へ、忽然と出現したオアシスを想定させるではないか?

一瞬、幻影かと疑心さえ生じる蜃気楼的小空間は、ヒューマンスケールへ同調する借景形成しつつ、シンプルな意匠と素材感から、研ぎ澄まされた高品質の余韻や精神性を孕み、優れたスケーピング(景観)へ昇華していた。

クリエイティブ作業での『 閃き 』は、冒頭如きプロセス度々体験する。真正面から取り組み、論理的根拠辿り探求したからと云って、デザイン上の解答得られる訳ではなく、却って脈絡や秩序へ頼らず「 遊び心 」でリラックスし、冗談半分の無頼思考したら、不本意では在るものの「 当たりかも!」なんて状況、日常的に起こる事なのだ。(他職種においても珍しくはないが)

曰く「 瓢箪から駒 」、意外な所から意外な物が出る事。『 遊び心 』より閃き得られる頻度、数理的証明難しいとは云え、「 四角四面や杓子定規 」は融通性利かなくなる代名詞でもある。

したがって、余り有り難くない思考迷路のインビテーション避ける為、迷った折にはスタート地点へ戻り、野生的`感`を働かせる旨肝要、つまり「 初心&遊心 」座右なのかも知れない、此の小空間通じ改めて自戒出来たようにも思う。


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        矢萩 喜從郎氏 | Kijuro YAHAGI :デザイン・建築・彫刻共




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街中の景観 / オーベイか!?

Town scape | Is it westernization ?

時日経過速度へ今更ながら驚く、漫才師タカ&トシの大衆ブレーク『 欧米か!』も、既に忘却彼方への感在りだが、'07年流行語は他に『 どげんかせんといかん・そんなの関係ねぇ・ネットカフェ難民・どんだけぇ~・猛暑日・ハニカミ王子 』等がトップ10入り、流行語当たり年故だろうか、タカ&トシは並み居る強敵との競合から、残念ながら指名されず年間大賞は、石川遼と東国春英夫両氏が受賞している。

さて、とある日通りすがりの街中で、冒頭キャッチ・コピー想起させる様な低層共同住宅へ遭遇し、職業的直感から歩みを停めた。

建築物において、産業工業化された均質さ基本とする画一性(方形:Square)は、システムや法規を肯定し易いものの、人間性を排除し兼ねない諸刃の剣でもあり、心有る業界関係者ならば熟知しているハズだ。日夜、快適なヒューマン・スケールを求め努力しつつも、現実的には法規や機能面への課題、或いは施工法や予算面など、諸々負荷条件も重なり心有る具現化の機会、得難い実情も在る。

したがって、巷竣工するマンション視るにつけ、出来得れば標準化部分へオプションとして、オリジナリティ設えた方が差別化や対外効果望めるのではないか・・・・・などと安易な発想していた処、「 産業工業化+!?」多少感じさせる下記物件へ出くわし、外観より得たビジュアル的直感のみで恐縮なんだが、気付いた点書き留めておこう。

調査した訳ではないものの周辺より得られる現況は、開発段階で注1/環境アセスメント制度、或いは市街化調整区域や風致地区など法規制影響からか、低層階開発されたのであろう事容易に推察でき、環境重視した階高が無粋な壁面イメージ薄れさせ、好印象を与える。

やや様式チックでエレガンスな印象受ける建物、階高は概ね五層だ。そして、道路面モスク状尖塔部側のみ四層である、モスク状屋根構築する為一層分減じたのであろうが、設計側とセールス・サイドとの合議プロセスも見え隠れし、具現化は難儀葛藤の末竣工したのではないかと、内心ニヤリとした。

しかし、此の南欧風尖塔部意匠が建物評価基準を促進させ、(分譲ならば)販売戦略上少なからず貢献したであろうと、勝手ながら思い描いてしまう。敢えて余計な御節介させて頂けば、此の共用階段部存在が「 四角い大きな箱 」意識させず、建物イメージの戦略として、決定的な役割り果たしている様に思える。

また配置計画において、建物平断面を階段状に設定(下記/2)している事も、長大壁面感や方形意識が希釈され余裕ある美観感じさせる、と同時にベージュ色基調とする色彩計画も、周辺自然環境へ違和感無く馴染んでおり、優れた意匠計画として付け加えておくべきだろう。


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注1/ 大規模開発事業を行う場合、周辺環境に如何なる影響及ぼすかについて、事業者が事前調査・予測及び評価行うと共に環境守る対策検討し、その対策が成された場合に環境への影響を総合評価する事を、環境アセスメント(環境影響評価)と云う。
また其の事業や評価結果を公表し、地域住民や行政から意見得るなど情報交流する事で、より適切な対策と環境へ配慮した事業となるよう手続きが定められており、此れが環境アセスメント制度。

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街中の景観 / ホテル・パシフィック

Town scape | Hotel PACIFIC.

私は、1964年東京オリンピック真只中、両親と共に東京駅から東海道線乗車し湘南へ転居して来たのだが、当時此の辺りは片瀬江の島界隈とは雰囲気相違し、加山雄三氏がデビュー後全国区として知名度上げるまでは鄙びた海辺の街でしかなく、駅舎等も木造モルタル造作で昇降口も木造階段仕様、駅前ロータリーには築山噴水が配されるノンビリとした風情であった。また、海水浴場や烏帽子岩(エボシイワ)も殆ど知られてなく、サザンの桑田佳祐氏も輩出前の事。

しかし其の翌年、鄙びた雰囲気には不釣合いな都会的建物が落成し、パシフィック・ホテルを中核として、ドライブイン・シアター/カフェ&レストラン/ボウリングレーン/カバナプール/ビリヤード場/スロットカーレース等の娯楽設備整える、当時最先端のハイ・ファッション高級リゾート、『 パシフィックパーク茅ヶ崎 』が開設される('65年/s40)。

黒川紀章氏など、当時日本の若手建築家・都市計画家グループが開始した建築ムーヴメントで、新陳代謝意味する「 メタボリズム論理 」表現したデザインは、垂直コア中心として各客室が螺旋状に配され、海岸沿い聳え立つ斬新な意匠は地域シンボルの様相呈した建物だった、後に住民から『 パシフィック・パーク 』愛称でも親しまれ、設計者は当時新進気鋭!の菊竹清訓氏(1928~2011)。

所有・運営は株式会社パシフィックジャパン、俳優上原謙・加山雄三両氏及び旧公家の岩倉家が共同オーナーとして関わっており、岩倉具憲氏(女優小桜葉子氏実弟)が実務上の代表を務めていた。

海幸へ恵まれる地域とは云え、東京から転校してきた私にとって都会の雰囲気味わえる場所は少なく、其の唯一のスポットが竣工直後のパシフィック・パークくらいで、中学時代はスロットカー・サーキット、高校時代は登校前の早朝ボーリングへと、青少年期友人達と共に自転車で通い詰めた、愚生想い出の汀渚でもある。

だが、1970年諸事情による負債を抱え他社へ売却された後、ホテルは存続していたとは云いながら休業・再開を繰り返しつつ、'88年営業不振により完全廃業。
その後所有権は転々とし、最終的にホテル・ニュージャパンの横井英樹氏へ渡り、営業再開を目指したものの'90年バブル崩壊後の不況から断念され、'97年末まで沿岸域における価値在る廃墟!?として残置される事に・・・・・・・。

そして、儚く不憫だったR134号線のランドマークも'98年漸く取り壊されて終焉し、其の跡地には海岸まで1分をキャッチコピーに、米国西海岸ムード溢れる高級リゾート・コンドミニウム『 パシフィック・ガーデン茅ヶ崎 』が開発されたのである。

湘南新名所として生まれ変わると共に、同名異曲ではあるが同郷出身の、1980年ブレッド&バター(作詞:松任谷由実)や2000年サザン・オールスターズが、『 ホテル・パシフィック 』を創作した事もあり、今は無き伝説のホテルとして現代へ甦り、広く知られる様になったのだ。(下記:懐かしい画像在り)

懐かしい画像
                 
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                 Pacific Garden CHIGASAKI

            名   称:パシフィックガーデン茅ヶ崎
            所   在:神奈川県茅ヶ崎市東海岸南6
            都市計画:市街化区域
            用途地域:第一種低層住居専用地域
            敷地面積:16,072.25㎡
            構   造:鉄筋コンクリート造(RC)
            階   高:地上4階
            棟   数:全5棟 / 167戸
            設   備:オートロック、エレベーター完備
            竣   工:1999年3月(平成11年)
            設   計:㈱安宅設計
            施   工:竹中・東洋・亀井建設共同企業体(JV)
            管理会社:三井物産ファシリティーズ㈱
            分譲会社:興和物産㈱・洋伸不動産㈱(新築分譲時売主)


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