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デッサン ・ ド ・ ムジィーク / 4-1

安物のギターを弾き始めたのは14歳からだった、当時流行のフォークソングやビートルズ楽曲が師匠を引き受けてくれた。

しかしその後、私の傾聴するカテゴリーに変化が在った事と、独学に限界を感じてギター教育を受け始めた事もキッカケとなり、購入した二台目楽器(左)がこのガット弦タイプの「 SHINANO準手工製クラシックギター 」である、元資は夏・冬二度の長期アルバイトをして貯めた。

だが、クラシックギタリストを望んだ訳ではなく、JAZZやBOSSA-NOVAを弾く為の「 理論と技巧 」を学びたかったのである。また、敬意するギタリストが多く存在するROCKからも離れたつもりはない。
右はYAMAHAガット弦クラシック(預かりモノ)。

Guitar02:SHINANO / No.61(1967年製)
    デッサン・ド・ムジィーク          デッサン・ド・ムジィーク
                           Guitar05:YAMAHA / C-250

STAEDTLER-EB鉛筆のスケッチ画は、敬愛するギタリスト「 Baden Powell:バーデン・パウエル 」氏への、オマージュとして描いたトリビュートデッサンだが、この素描は「 大量飲酒・喫煙で施設入所 」を繰返していた天才ブラジリアンの苦悩を、成人し飲酒するようになってから、アルコール中毒症に対し多少理解を深められた事から描いた。

「キタナク汚れた」イメージのある豚だが、現実はそうではなく「神経質でキレイ好き!」、タイトルは奇しくも「 おいしい水:Agua de beber 」となった。

※それぞれの椅子はデザイン化され、エスキースとして描き込んでみた。
暮々も云っておくが、ミュージシャン達が動物のイメージだと言う事ではないので、悪しからず。
        dessin_de_musique-baden.jpg

GIBSON / L-5 non cutaway model ( 1957年製 )
Author / by Luthier Reinaldo Digiorgio ( 1959~1971 )
Author / by YAMAHA grand concert by Akio Naniki ( 1988~1999 )

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15:44 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(0)

デッサン ・ ド ・ ムジィーク / 4-2

社会人初めての冬のボーナスだから全額支給ではなかった、しかも初任給の約2倍したシロモノであるこのギターに、当然ながら初回ボーナスが消えた。

言い訳がましく云っておく、「 親不孝者!」と罵るのは少し早い。
勿論!学卒後初めての給料では、親へ感謝の孝行!をしたし、多くはなかった月給からも家への毎月入金を喜んで?やっての事だ!

当然の事を自慢してどうするって・・・・・・・?
そんな自分と家族への「 気遣いの賜物 」として購入した3台目の楽器であった。
         Guitar03:YAMAHA / SG-85( 1973年製 )
                デッサン・ド・ムジィーク

STAEDTLER-EB鉛筆のスケッチ画は、敬意するギタリスト「 Erick Clapton:エリック・クラプトン 」氏への、オマージュとして描いたトリビュートデッサンだが、「 Too much Monkey business 」という楽曲をヤードバーズ時代に奏っている、それを曲の背景等は関係なく直感的なイメージで描いてみた。

「 不器用な手:SLOWHAND-2 」を見ていると「 美術屋ギターキッズ 」だった頃が懐かしい。因みに断っておく、昨今の「 スローライフ 」流行りは勿論知っている。しかし、このトレンド言葉とは全く脈絡がなく関係もない!?

そして、彼の抱えるギターは残念ながらYAMAHAではなく、トレモロアームを外した愛器ギブソン・レスポール・スタンダード、紫煙付!?

※それぞれの椅子はデザイン化され、エスキースとして描き込んでみた。
暮々も云っておくが、ミュージシャン達が動物のイメージだと言う事ではないので、悪しからず。
           dessin_de_musique-erick.jpg
   GIBSON / Les Paul standard. cherry-sunburst( 1959年製 )


00:05 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(0)

デッサン ・ ド ・ ムジィーク / 4-3

バンド練習を始めた頃、スタジオへは常に数本ギターを持って行く。

楽曲によってはチューニングが違うから、時間節約のため予め違うセットを用意しておくと効率が良い為だ。

しかしこの「 ギブソン・レスポール・カスタムもどき?」4台目の楽器は、友人から譲り受けたシロモノなんだが・・・いやいや中々の問題作「 クロモノ?!」であった。
現代では、オールディーズのコピー製品を馬鹿には出来ない、イマドキネット内で「Japan-Vintage 」なるモノとしてブランド化されている。

クロモノ4台目が惜しいのは、ネックヘッド「 ロゴタイプ 」を残念な事に異にする。
かなり以前の事になるが、御本家ギブソン社から度々コピークレームが在り、グレコ社・レスポール型!!の1979年製造モデルのみ、追求から逃れるため紛らわしかった「 Grecoロゴタイプ 」を変更した、この「 変更後のモノ 」だったらビンテージモデルとして充分に価値が在った。
 greco_a.jpg  greco_b.jpg  gibson_logotype.jpg 
そんな逸話のある「 4台目のクロモノ?! 」を、常時ではないがローリング・ストーンズの「 Keith Richards:キース・リチャーズ仕様 」として、調音しておく事が多かった。良く見ると判ると思うが、譜面通り6弦は張っていない。
                guitar04a.jpg             
      Guitar04:GRECO/standard(open`G tune:6弦ナシ)

さて、デッサン対象者はキース・リチャーズではない!
彼のファンには裏切り行為の文脈で申し訳なく思う、しかし他意は全くないので、ご容赦を願いたい。

STAEDTLER-EB鉛筆のスケッチ画は、敬慕するギタリスト「 Jeff Beck:ジェフ・ベック 」氏への、オマージュとして描いたトリビュートデッサンだ。
これまで不運も在った彼だが、J.B.GroupからB.B.Aまで、ファントムの如き電光石火インストルメンタルを奏ってきている。

そのサウンドはロックギタリスト中、稀な事に「 コブシ 」が見事な程利いてるし、とても潔く意外性もあり、切れ味もシャープで鋭敏だ!

そんなイメージを逆手に取り、「大きく`鈍い`イメージ 」 と 「 ファントム 」 にタイトル託して「 伝説の象:Elephantom 」が出来上がった。判別しにくくて恐縮だがピック持つ右手首には、ディズニー時計(ミッキーマウスの腕が指針になっているモノ)を皮革ベルトで巻いている。

どちらかと云うと彼の楽器イメージは、トレモロアーム付「 Fender:フェンダー・ストラトキャスター」なのだが、ギブソン・レスポールも頻度多く持ち歩き、日本での演奏には使用していた。

また、彼の持っているレスポールは黒に見えるので「 カスタムシリーズ 」っぽいが、実際はゴールドトップをRe-finishしたもので、色名はご本人曰く「 OX-BLOOD 」カラーで仕上げている。

※注釈 / 暮々も云っておくが、ミュージシャン達が動物のイメージだと言う事ではないので、悪しからず。

       dessin_de_musique-jeff.jpg
 GIBSON / Les Paul goldtop. Refinished Ox-blood( 1959年製 )



参考までに、御本家GIBSON社ギターをカタログから提示しておく。
左側が「 GIBSON / Les paul custom 」、右側が「 GIBSON / Les paul goldtop 」

       57Custom2PU.jpg        57Goldtop.jpg
00:25 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(0)

デッサン ・ ド ・ ムジィーク / 4-4

今編は、4-1で少しだけ触れた 「 初代ギターの鎮魂歌 」としよう。

数十年も前の事になる、ある日の新聞広告に上野松坂屋でバーゲンがあり、掘出物の中に「 そのギター」も売出されていたのだ。

朝食時、小遣いで買えそうなギターを見つけた旨を、話題として母方祖父に話していた。数日後の夜、部活で遅くなって帰宅し、部屋に入ると何か大きな箱が置いてある。

祖父が都内まで買いに行ってくれたのだ。
どうしても欲しかった、そして初めて触れるギターの感触!とても言葉に表現出来ないくらい嬉しかったし、挙句購入代金支払おうとしても受け取らなかったのである。
その事に対して、私の感謝の気持ちを正確には伝えられなかった、いや「 気恥ずかしくて言い出せなかった 」様に記憶している。
中学2年11月の出来事であった。

しかし家族にとっては、その後の日々は地獄の様相を呈したに違いない!?

楽器当初と云うのは誰でも最悪だと思うが、「 ヘタクソ以前の雑音 」でしかなく、その音源に四六時中悩まされる事になってしまったのである。
「 お爺ちゃん!」は、きっと家族全員からのヒンシュクコールも一手に引き受ける事になったのではないかと、謙虚に?推察する次第だ。

後にそのギターは、妹の手に渡ったが「 有難迷惑? 」だったのかも知れない。
結局末路は哀れで、ギターの事など全く不明なその下の弟が、海へ持って行ったりした為、天敵の「 湿気と塩害と紫外線 」で、錆も出るし表面板は剥離しバリバリになってしまい、恐らく廃棄されてしまったのだろう。

今から思うと、安物だっただけにとても弾き難く、常に指先には血マメが出来る様なシロモノだったので、惜しいとは思わなかった・・・・祖父の想い出は別にして。                   
               デッサン・ド・ムジィーク

さて、ROTRING-HBシャープペンのスケッチ画は、地味だが誠意と確かな実力を感じるベーシスト「 Timothy B. Schmit:ティモシー・シュミット 」氏への、オマージュとして描いたトリビュートデッサンだ。

永年積み重ねると「こんなに好い作曲が出来るのか!」と言う見本のような、彼のイーグルス時代の大ヒット曲「 I can’t tell you why:言い出せなくて 」のエンディング・リフレインは、私の身体に非常に心地よくフィットし、永遠に続いて欲しいくらいのフレーズなのである。

「 初代ギターへの鎮魂 」と「 祖父への想い出 」、それらが「 言い出せなくて 」と云う詩歌とエンディングフレーズに重なり、描いたエスキースが「 永遠の謳歌:Longnose Blues 」。

※それぞれの椅子はデザイン化され、エスキースとして描き込んでみた。
暮々も云っておくが、ミュージシャン達が動物のイメージだと言う事ではないので、悪しからず。
          dessin_de_musique-4a.jpg
    CARVIN / LB70 Bass guitar. platinum gold ( 1988年製 )
※最近使用器はCARVIN社のモノだが、作曲時と楽器製造の年月日から推察すると、恐らく爪弾く楽器の製造メーカーは多分、Fender社のモノだろう?


09:00 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(0)

エクスプロージョン ・ チケット / 1

Explosion Tickets | Free

表題に付いては、一言注釈が必要である。

或る著名プロモーターが「 ロック・エクスプロージョン`70 第○弾 」と銘打ち、多くの外タレ( 外人タレント )を招聘してきた時代が在り、その商標であったプレゼンテーション名をパクッてみたのだ。

当時のロックコンサートは、プロモーター毎に年間シリーズとしてパック化されていて、`70年代他社では「 ロック・カーニヴァル 」、`80年代になると「 ロッキュペイション | Rockupation 」 等々銘打ち、「 黒船 」の如く、ロック未開国へ外タレバンドが大挙してやって来ていた。

コンサートマニアではないが、`70~`90年代にかけては多くの会場へ私も足を運んでいた、其のチケットの多くが現在も手元に沢山残っている。

ソレを紹介しようと思ったところ、ネット内には「 チケット紹介サイト 」も数多くあり、「 今更はないだろう 」と勝手に推察し、多少「 斜めに捻ったチケット紹介 」だったら「 可能かも?」と思っているので、今後の展開はお楽しみに?

さて、リバプールサウンズ系のバンドがポップスだと仮定する・・・・・・だとすると、いわゆる黒船ロックバンド初来日は、私の記憶が正しければ`71年初頭のブラスロックの雄 、B.S.T | Blood Sweat & Teas が最初だったと思う。しかし、残念ながら私は武道館に参上?していない。

したがって、私のロックコンサート体験スタートは、`71春深夜サンケイホールに於ける「 Free 」の公演からなのだ!

それまでは、日本のコピーバンドでしか聞けなかった楽曲( All right now ) が、本物ロックバンドの多少荒削りなカッティングと、音源の「 バカデカさ!」と「 山積みのスピーカー 」に驚きを覚えつつ、耳ではなく身体から聞こえて来た事を、昨日の様に想い出せる。

実はその数年前、デザイン専門学校の入学式がこのホールで催され、初々しく参列?していたので、感慨もヒトシオだった。

そして当のフリー | Free は日本公演後、オーストラリアでの公演を最後に呆気なく解散してしまったのだ。
しかしである、翌`72年再結成し7月22日の後楽園球場(現在東京ドーム)に、ポール・ロジャースは再び来てくれたのであった。しかもベーシストは、当時としては大変珍しく、日本人(元 ミッキー・カーチス&サムライ:山内テツ )がフューチャーされるというオマケまで付いていた。
                そのチケットがコレだ???
        officialguardman_elpfree.jpg

この1972年7月22日付け封筒は、バックステージパス | Backstage pass の話となる。

コンサート会場の警備要請が、球場周辺の各大学総務を通じ体育会系各部に出されていて、私は東京○科大に在学していた友人を伝手に、硬派の丸刈り・角刈りに混じって白々しくロングヘアーのまま、幸運にも会場警備員のバイトを仰せつかった!のである。

エマーソン・レイク&パーマー | E.L.P が「 トリ 」を務め、私にとっての主役「 フリー 」は 、Paul Rodgers & Free って感じのバンドになってしまっていたが、前座ではなくメジャーバンドとして出演していた。
`69年のウッドストック | Woodstock 以降、バンドが多数出演する野外でのコンサートスタイルは、当時流行になっていたのだ。

そして、大ヒット曲 All right now | オール・ライト・ナウは、アンコールまで待ったが何故か?演奏されなかった、新生Free の記憶が多少「 後味悪く 」残っている理由なのかも知れない。

その後暫くは、欧米で「 テツsan 」と共に演奏活動したようだが自然消滅した。

しかし、伊達男ポール・ロジャースは、来日の縁なのか日本人女性と結婚、その後バッド・カンパニー | Bad Company へとバンド展開し、現在はフレディー・マーキュリー | Freddie Mercury 亡き後の、クィーン | Queen ヴォーカリストとなっている。

因みに、当時( ロック・エクスプロージョン`72第7弾 )のチケット代金は2階席で¥1.700円、バイト代は¥1.500円。私にとって、この上なく「 美味しい 」アルバイトだった事、疑う余地は無かった。

しかも、しか~もである。
この上なく美味しいコノ球場での「 一石二鳥アルバイト 」が、今や伝説となっている前年の`71年グランド・ファンク・レイルロード | G.F.R に引続き、二度目!!であったのは内緒にしておいて頂きたい?



01:29 : エクスプロージョン・チケットトラックバック(0)  コメント(0)
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