デッサン ・ ド ・ ムジィーク / 4-4

今編は、4-1で少しだけ触れた 「 初代ギターの鎮魂歌 」としよう。

数十年も前の事になる、ある日の新聞広告に上野松坂屋でバーゲンがあり、掘出物の中に「 そのギター」も売出されていたのだ。

朝食時、小遣いで買えそうなギターを見つけた旨を、話題として母方祖父に話していた。数日後の夜、部活で遅くなって帰宅し、部屋に入ると何か大きな箱が置いてある。

祖父が都内まで買いに行ってくれたのだ。
どうしても欲しかった、そして初めて触れるギターの感触!とても言葉に表現出来ないくらい嬉しかったし、挙句購入代金支払おうとしても受け取らなかったのである。
その事に対して、私の感謝の気持ちを正確には伝えられなかった、いや「 気恥ずかしくて言い出せなかった 」様に記憶している。
中学2年11月の出来事であった。

しかし家族にとっては、その後の日々は地獄の様相を呈したに違いない!?

楽器当初と云うのは誰でも最悪だと思うが、「 ヘタクソ以前の雑音 」でしかなく、その音源に四六時中悩まされる事になってしまったのである。
「 お爺ちゃん!」は、きっと家族全員からのヒンシュクコールも一手に引き受ける事になったのではないかと、謙虚に?推察する次第だ。

後にそのギターは、妹の手に渡ったが「 有難迷惑? 」だったのかも知れない。
結局末路は哀れで、ギターの事など全く不明なその下の弟が、海へ持って行ったりした為、天敵の「 湿気と塩害と紫外線 」で、錆も出るし表面板は剥離しバリバリになってしまい、恐らく廃棄されてしまったのだろう。

今から思うと、安物だっただけにとても弾き難く、常に指先には血マメが出来る様なシロモノだったので、惜しいとは思わなかった・・・・祖父の想い出は別にして。                   
               デッサン・ド・ムジィーク

さて、ROTRING-HBシャープペンのスケッチ画は、地味だが誠意と確かな実力を感じるベーシスト「 Timothy B. Schmit:ティモシー・シュミット 」氏への、オマージュとして描いたトリビュートデッサンだ。

永年積み重ねると「こんなに好い作曲が出来るのか!」と言う見本のような、彼のイーグルス時代の大ヒット曲「 I can’t tell you why:言い出せなくて 」のエンディング・リフレインは、私の身体に非常に心地よくフィットし、永遠に続いて欲しいくらいのフレーズなのである。

「 初代ギターへの鎮魂 」と「 祖父への想い出 」、それらが「 言い出せなくて 」と云う詩歌とエンディングフレーズに重なり、描いたエスキースが「 永遠の謳歌:Longnose Blues 」。

※それぞれの椅子はデザイン化され、エスキースとして描き込んでみた。
暮々も云っておくが、ミュージシャン達が動物のイメージだと言う事ではないので、悪しからず。
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    CARVIN / LB70 Bass guitar. platinum gold ( 1988年製 )
※最近使用器はCARVIN社のモノだが、作曲時と楽器製造の年月日から推察すると、恐らく爪弾く楽器の製造メーカーは多分、Fender社のモノだろう?


09:00 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(0)

ノーマライゼーション&ユニバーサルデザイン | 1-4

最初から高飛車で恐縮だが、「 タイトル用語の概念 」等説明は省く事にする。

お手数だが「 ネット検索 」にタイトル打込んで頂けば、多岐に亘り画面表示されるので、詳細ご要望の方はそこで情報入手してもらいたい。

また、「 カテゴリーが違うんじゃないか?」と思われる方もいらっしゃるでしょうから、冒頭で多少の説明をしておく。
それと、案件用語では広範すぎるため「 非健常者・身体障害者 」のフィルターを少し狭めて、誰でもが身近な「 お年寄り!」におけるタイトル内容を主とした。

重ねて申し上げるが「 オトシヨリ 」である、高齢者介護の問題ではない!!
この件の詳細は後編で述べる事にしよう。
             normalization_2.jpg
Prologue | 序章
さて、戦後生まれの団塊と言われる方々が、戦前世代の協力を得ながら荒廃した日本を、ゼロから耕し産業生産性を高め、新規事業を起こし時代を切り拓き発展させて来た、現在の繁栄を享受出来るのはその礎上にあるからだ。

そして若く健康だった方々も、「 オトシヨリ 」と云われる事を自覚せざるを得ない年代になりつつあり、失礼ながらこのタイトル用語の対象者となるであろう人々を含み、「いずれ・・・?!」については皆目周知の事実でもある。

しかもその方々は、人口統計上の谷間ではなく`山`部分である為量数が多い、挙句昨今の呆れる行政の失態。
その為、憂慮している暇も時間もないはず・・・・・と責任ある不信感を募らせ、健常な精神性を持ち合わせる有志達が、「 ・・・ならば 」と行動を起こすのは必然だったと言って良いだろう。

従って「 憂慮と失望感と多少の野心 」ある優秀な諸先輩・後輩達が、逆境からチャンスを見出し『 世の為、人の為 尽くそうじゃないか!』と、ビジネスルール考案し事業を起こした。
その結果、良くも悪しくもパブネタ等にも採り上げられたりし、現在において衆目集める産業となっている因果の次第。

そうした中で、老若男女問わずこのシニアビジネス産業!に就業望む人材の増加は、道理であり大変健全な事だと思うし、我々デザイナー仲間でも業務機会増やす為、福祉関連の試験を受け「 ○□△~士 」の資格取得する者が、最近多くなったような気もする。

これらは近代日本の、国家として抱える避ける事出来ないナリユキだ、と云う事が良く判る。つまり、近代の産業勃興(衣・食・住・学・遊)が常に団塊世代中心に、ターゲットされ発展経緯した紛れもない事実、これが「 近未来の暗示を含むであろう 」と誰でも推察できる。

しかし、中々思った様にはいかないのが世の常・・・・・・・であるはずなんだが?
          
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5年程前になる、「 この産業 」の情報・経験・知識を殆ど持ち合わせていない当方へ、「 ある経緯 」から高齢者介護施設の福祉法人と関わりが出来、運良く世常に反し?!業務としてお付き合いをする事に相成り、トントン拍子に業務進行した訳ではなかったが、約2年半関わり無事竣工した。

イントロが長くなって申し訳ない。・・・・・・という事で、

政治的な解決策等には及びもつかないでしょうが、そんな機会を通じて知り得た拙い見聞(必死で猛勉強もしたので!?)として、
「 Normalization & Universal Design 」を、勘違いなんて事も在るかもしれないが、デッサンしながら俯瞰してゆこうと思っている。


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ノーマライゼーション&ユニバーサルデザイン | 2-4

中国の諺に『 叱るな子供いつか来た道、 笑うな老人やがて往く道 』がある。

人間の表裏・輪廻・陰陽を普遍的( Universal )に突いている、子供と老人の間には正に「 自我 」が存在する事、改めて気付かせられる言葉であり、今編のタイトルを図らずも表現している。
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社会的に自立出来ない「 幼児=ヒト 」を介護・養育するのは、当然だから「 幼児問題 」とは誰も言わない、問題だと言う方が不自然だからだ。

高齢者も近似している事に気付いて頂きたい。
健常ではなくなり自立生活出来なくなった「 お年寄=ヒト 」を、介護・介助するのは当たり前のはずだ、また御歳を召しても極めて健常な方々がいらっしゃる、だから高齢者全体の「 介護問題 」など幼児同様にないのである。しかしながら、「○△さん」の個人的な介護問題はあるのかも知れない・・・・・・・・。

従って前編冒頭において、「 高齢者の介護問題 」ナンテ存在しないと記述した。
但し、ソリューション | Solution は必需だ。
しかも肝要な事は、知識と知恵に裏付された「 隠し味 」として表現されなければ意味がない。
         
それでは、まず「 容れ物 」から始めてみよう。
数種にカテゴライズされている高齢者施設の中で、特に「 特別養護老人ホーム 」について述べさせて頂きたい。

Interior design | 空間的或いは室内環境
非常時の機能性を最優先する「 病院 」の施設イメージを、規範モデルとして踏襲してきてしまった為、過去の老人ホーム計画において、ハード面は優れていても、この「 肝要な部分 」が欠落してしまった様な気がする、勿論全体ではなく「 一部の 」という接頭語付きだが・・・・・。
或いは『 特養 』における時代経緯として、このプロセスを必要としたのかもしれない。  
     下図は病院モデルの手摺・キックプレート・廊下等の説明図
     
     kickplatehandrail1.jpg    hospital traffic1    kickplatehandrail2.jpg
    
僭越承知で、施設運営者および計画実施者( 施工会社・設計事務所 )の方々へ、苦言を呈する事になるが、今後の計画は事業イメージを病院規範モデル( 機能優先の収容施設 )から脱却し、「 快適に暮らせる居住施設 」へ、事業計画イメージを転換する必要があるのではないだろうか?
     
特殊な人々を「 収容する施設ではない 」からである。
肝要な何か?つまりノーマライズ|Normalize ( 常態化・正規化・標準化 )する、という事が必要になってくるのだ。
室内環境設定において、一般の方々が「 宿泊や居住 」すると云う事と、同意語扱いするべきなのです。

もっと俗っぽい言い方すると、マンションやホテル等のレジデンシャルな空間を計画する時のような、「 気持ち 」が必要になってくると言いたいのである。

そして、そこには「 肝要なもう一つ 」がなくてはならない。
ノーマライゼイション|Normalization との比較では、意味する言語面積感が多少小さくなるけれども、「 知識と知恵と・・・・・感性!」に裏付されたもう一つの肝要、「 隠し味 」的位置付けの Universal Design を付随させなければならない。
traffic_image1.jpg

しかしながら、この Universal Design を表現するには難関がある、これに関わる「 コストもノーマル 」でなくてはならないからだ。

対策に付いて考察すると地域社会の協力は必須であり、また計画するデザイナーや販売・製造担当する企業の、大いなる努力も求められている。
業界内の関係者だけの処置では、不完全でソリューションにはならない為、近年その意味合いが重要になって来ている所以かもしれない?

以下、米国の某大学研究室が定義する Universal design を提示しておく。

出来得る限り、全ての人々が利用可能な製品・建物・環境等をデザインする事であり、その為のデザイン変更や特別仕様のデザインを、必要としてはならない

下記は具体的な箇条項目として列記しておく。
  1)安全性(セイフティ Safety )
  2)アクセシビリティ(バリアフリー性能 Accessibility )
  3)使い勝手(ユーザビリティ Usability)
  4)価格妥当性(アフォーダビリティ Affordability )
  5)持続可能性(サスティナビリティ Sustainability )
  6)審美性(デザインの品質 Esthetics )


11:35 : ノーマライゼーショントラックバック(0)  コメント(0)

ノーマライゼーション&ユニバーサルデザイン | 3-4

病院でストレッチャーに乗せられ、不安と共に手術室へ向かった経験が在る。

仰向けだったので、味気ない無彩色天井と等間隔で取付けられた蛍光灯が唯一景色となり、過ぎ行くその白色光のみが眩しく際立ち、緊張感がより一層増したような記憶が、脳裏に今でも残像として在る。
ある年代にしか判らないが・・・・・まるで「 べン・ケーシー 」イントロだった。

Focal point | 焦点
室内空間を創造する上で大切にしたいのは、「 高齢者の視線・視点・視力」を意識に入れる事だ。
設計業界の用語では、視線の行く先を「アタリ・ウケ・メン」等々と表現し、デザイン的に重要な場所となっている。そして更に、視点の高低を創造力にインプットしておくのが肝心なのである。
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概して申し上げさせて頂くと、従来施設廊下の「 アタリ 」は非常口・出入口・窓・壁面等が、無造作に存在するだけで「 花の一輪もない 」のが普通!?なのだ、まかり間違うと鉄格子が在ったりする。
そして天井面は、残念ながら冒頭「ストレッチャー・・・」と現在も変化がない。

この様になってしまう最大の要因は、今までの担当者考え方( 病院モデル踏襲 )が時代遅れとなり、折角の努力も徒労である事気付かないまま設計進行させた、その結果一般 | Normalize のニーズとはかけ離れた状況招いているのではないか?と思う。

ソフトの裏付けがなく順法精神に基づくだけの設計では、良質な空間創造や環境計画は出来ないのである。
デザイナーであれば、その様な場所は直感的に能力の発揮どころと感ずるし、極めて重要な場所で在る事知っている、処理能力は別として新人でも理解しているごく普通!の事なんだが・・・・・。
                アタリ・ウケ・メンの一例
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               床面・天井面・正面の変化
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Movable | 可動性
ヒトの人間工学的動向は、ヒューマンモジュール | Human-module を基本として設計資料集成に在る。今件ソリューションの内、重要なのは「 ヒトが器具使用による & 介助受けながら 」の動向となる事。
図面上で、あらゆる場所の動向シュミレーションする必要が在る、怠ると大変不自由な室内環境となってしまうので、重大な結果招かぬ様「 平面・立面 」共に余裕を持って対応しなければならない。
                   車椅子での回遊性
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Function|機能性
機能のままを形態にしたのでは、設計のプロフェッショナルとは云われない、ドラフターさんではない為、デザイン的ソリューションを加える必要が在る。

居室内に対し管理用小窓の必要性在るが、覗き窓然としていては居住者に失礼ではないだろうか?「 隠し味 」の工夫が必要となってくる.。

これは正面玄関入口のスケッチだが、各居室入口にデザイン展開すると、管理用小窓がデザイン意匠となって目立たなくなり、且つ全体に「 カタチ 」が行きわたり、施設として雰囲気と一体感を醸し出せる、一つの案となるではないか?
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Furniture | 家具
最近は、我々業界の各カタログ( 床材・照明器具・家具・その他 )にも、「 高齢者介護施設用 」という頁が存在する。

メーカーが「 特殊なページ 」としてわざわざ用意しているのは、専門家ではない人々が、選出する煩わしさから開放される様配慮されての事だろう。
しかしUniversal design 定義に照らすと、『 6)審美性 』を満たせない製品も少なからず掲載されている、勿論、中には非常に優れた製品紹介がされている事も、忘れてはならない。

今編タイトル的にいえば、予算範囲内の品質・感性在るモノを、一般カタログ | Normallize の中から選出すれば良いのだが、高齢者に対しての「 モチベーション!」表現すれば、簡単な事だと思うのは専門家として傲慢であろうか?
           
Material | 材料

「 補修有利性・汚れにくい・掃除利便・損傷しにくい・施工効率・作業効率 」等々枚挙に暇がないが、運営者サイドの利便性やコスト観念を突き詰めると、この形容詞を表現する材料となってしまう。

病院では未だ良いだろう、しかし今件において機能性に満ちた材料という事は、「 運営者サイドの利便性 」にとって優れているという意味であって、入居者主体の「 快適な居住空間」目指した材料とはならない、と思うが如何だろうか?

私の体験で恐縮なんだが、病院モデルの材料との比較では全く「 正反対側 」に、その解答が在ると云っても言い過ぎではないだろう。
難しい事ではなく、お住まいの住環境に「 Normal 」な材料は種々存在し見出せる。

居住者対象の材料主観とは、「 快適・柔和・優しく・肌触り・エコ 」な有機質 | Organic 系材料が主体となるのではないかと思います。
勿論、有機材料にもマイナス面が在る、しかしそれを「 補って余りあるメリット在り 」とプラス面考慮出来るならば、病院モデル仕様の再考察される事望みます。


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ノーマライゼーション&ユニバーサルデザイン | 4-4

特定一人のみだが、実を云うと介護経験が有る。

Home nursing care | 在宅介護
父が倒れた後、約9年間母が献身的な介護をした、私はその手伝いをする事になったのである。その経緯は「 介護`絵日記 」として今も残る。

身体不自由になってからも、「 寝たきり状態 」は床擦れ(褥瘡)が在ったりするので良い事ではないと感じたし、出来る限り`普通の生活 | Normalization` に近い方が良いと単純に思ったので、毎日ベッドから車椅子へ移動させていた。

そうすれば、外出はしなくても窓外の四季折々の変化や、ご近所で付き合いの在った人々と関われる等、五感への刺激が必要なのではないかと考えた上、試行錯誤の行動であった。

確かに毎日の事なので重労働ではある。
しかしながら、数クール経験後は双方阿吽の呼吸が出来、不思議なんだが体重を軽く感じる様になるのだ。また、重労働だけではなく「 喜び 」も一入という場面も在ったりで、単純ではない。

勿論当時は、ノーマライゼーションもシーティングの事も全く知識がなかったし、ユニバーサルデザインという言葉は業務上知っていたが、詳細は不明だった。

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Standing | 自分で立上がる
或る時の事である、電車が駅に近づいている。
隣席のお年寄りが立席しようとするが、中々立ち上がれない。拳を座面に押し付け反動で立とうとするが、拳が潜り込んでしまい立てないのだ。そうして何度か反動繰り返している内に電車はホームに停車してしまう。

お婆さん(女性)だった為に、体に触れるサポートを躊躇していたのである。しかし見かねて手をお貸しする、という体験をした。
大腿部筋力の弱ったお年寄りは、柔らかいソファからの立席に、難儀する事垣間見たのだ。
私の介護経験でも同様であった事が、スケッチとして描かれている。
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Walking | 少しでも良いから歩く
車椅子は止むを得なくなった時であって、本人の為には出来る限り歩いて欲しいと家族は思うのだが、無理強いをさせるとトラブルが起こる事も在った。

外出散歩時転んで立てなくなり、通りがかりの方に助け起こしてもらった事も在るし、家屋内で歩行器練習中バランスとるのが難しいらしく、ツンノメッテ障子に突っ込んでしまい、大騒ぎした事もある。

それぞれのハンディキャップ進行度合にもよるが、広くはない家庭内での歩行器使用は危険だったので、それきりになってしまった。理想を言えば歩く為の介助歩行器は種々在るので、カウンセラーと相談しながらレンタル製品使用できれば良いのでは等々、と当時は思った。

さらに云うと、悪くはないが機能面のみで仕上がっている。
つまり「 病院モデル 」がここにも在る、もっと楽しいモノや格好良いモノが在っても良いのではないだろうか・・・・・・?
勿論ノーマル・コストが条件である、企業もデザイナーもメーカーもUniversal design を忘れないで欲しい、頑張って頂きたい。

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         12a_walking2.jpg

Seating | 寝たきりではなく、起きて椅子に座る生活
現在、高齢者のシーティングに関する情報は、多方面に渡り研究されている。
医療的には褥瘡( じょくそう )学会まで在るが、当時そんな事全く意識しなかったし知らなかった、家族を思う本能だけだったように思う。

しかし、日常生活の中で視点が大きく違うだろう、という事については職業がら気付いていた。毎日天井ばかり見ている生活を想像してほしい、それだけでヤルセナイ気持ちになってしまうではないか?

それよりも車椅子に座り、健常者より少し低い視点だが動けるし、その生活観は歴然としているに違いない、と思った。
また、長く座る事でも褥瘡がおきる為、クッションにも気遣いが必要である。なるべくシワの出来ないものが良い。

現在では北欧等の介護先進国製になるが、研究されクッション付きの非常に心地良さそうな?車椅子が存在し、当時スケッチした車椅子とは「 カタチも機能 」も数段アップグレードしている。
驚いた事にその北欧製は、すでに20年以上前にデザインされたモノだそうだ、如何に我々が遅れているかの証明のような気がする。

         スケッチは私の会得したシーティング方法 1~4
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         15seating3.jpg




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10:34 : ノーマライゼーショントラックバック(0)  コメント(0)

マイ ・ ツーリング ・ ギア

My touring gear | マイ ・ バイク
車種 | ブリジストン・グランテック
     Bridgestone Grandtech GR-27 / 700C

このBike購入については下記理由があった。
 1.輪行が出来る
 2.折畳みのメカニズムが簡易で優れていた
 3.軽量コンパクト
 4.美しいデザイン

いとも簡単に、我が車後部トランクへ積み込み可能なのである。

  warabuki_7.jpg   folding.jpg

このシリーズは残念な事にディスコン( Discontinue )となり、現在製造販売されていないようだ。だが気を落とす必要はない、この人気シリーズがマイナーチェンジと共に、車種名と編成等を変え継続製造されているのだ。

グランテックシリーズではないのだが、現在 トランジットスポーツ | Transit-sports として販売中なので入手可能である。
どうしても・・・・・というヒトは、ネットオークションでも check してみたら如何であろうか?

また、間違っているかもしれないが、発売当初からの車種名変遷順は、Grandtech / Travzone / そして現在の Transit-sports と変更が在ったようである。
当時グランテックのセールストークが、前通産省グッドデザイン賞の受賞!?と記憶していたのだが、過去GD賞のデータ調べても存在しないので、候補という事だったのかもしれない・・・・?

それ以外にも不思議な事に、20数年前の「 購入当時価格 」と「 現在の定価 」が全く変わらないのだ、これはオドロキだ!(当時消費税などは存在しない)
比較の為に、持っていた購入時の「 プライスタッグ 」と「 B.S.CトランジットスポーツのURL 」、参照して頂きたい。

              price_tag.jpg

http://www.bscycle.co.jp/root/catalog/transit/lineup/TSG.html



17:31 : ポタリング:自転車トラックバック(0)  コメント(0)

街中の景観 / キンダーガーテン・ポタリング

Town scape | Kindergarten Pottering | 幼稚園周遊

出来る限りだが足慣らしの為、週末は近隣Bikeツアーをやっている。
そこで偶然見かけた建築・デザイン・環境等、見ながら・遊びながら・情報収集するのが面白い。今回はそんな近隣で見つけた、子供施設をリポートしたい。

因みにポタリングとは、Bike( 自転車 )で目的もなくブラブラと散策する事。

さて、子供空間創作/設計やデザインにおいて、念頭に置かなければならない大切な項目がある。
第一に、該当エリアでの完璧な安全性を確保する。
第二に、大人側が幼・児童達の感性を「 大人のキャパシティー 」で測定してしまうのを止める、事である。

何故かと云うと、特にこの時期の幼児や児童達は想像力や感反応が無限大で、計り知れない能力の持ち主だという事、忘れてはならない。

街中で見かけて気になるんだが、対象者(幼児童)に媚びたデザインをした結果、中途半端で陳腐な空間となり「 建築やインテリア 」を台無しにしてしまっている例が、少なからず在る。

それらは米国某ランドイメージの、似て非なる形態模写をやってしまう事、などが原因や理由の一つでもある。
その巨大施設は対応する行政法規( 建築・防災 )も違うし、長年蓄積された優れた研究結果と経験値を礎に、其れなりのコストをかけて創作演出された、「 本物志向のショーデザイン 」である事承知するべきだ。

「 大人の児童心への郷愁 」に対して投げかけられたレトリック、良い意味での「 罠 」であり「 仕掛け | gimmick 」は、緻密な計算とコンセプトから出来上がっていて、そう易々とはコピー出来ない「 仕組み 」を持っている、一般的に余り知られている内容ではないので、情報不足は仕方がない事なのかも知れない。

ですから子供空間の設計受持つデザイナー達は、相手/幼児童達に媚びるのではなく日常業務と変わりなく対応し、特別な事をするのではなく自己の子供世界観のみを、頼りにすべきなのである。
ここにもノーマライゼーション | Normalization が必要なんですね。

そして、子供達の感性を見くびらずに、褒めて上げよう。
どんなモノ(建築・インテリア・遊具等)からでも想像力発揮し、大人も驚くような世界観構築できる。それを表現する手段「 言葉や技術 」が稚拙なだけだ。

だから、デザイナーは自分本来のフォルムを通じて、子供達と会話( マインドゲーム )出来る事を楽しめば良いのだ、媚びる必要は全くない。
結果子供達は、「 遊び 」と介在する空間それなりに感反応し、その想像力駆使し夢の世界へ飛翔する事だろう。



ポタリングしながら、たまたま見かけた下記写真の子供施設は、これまで述べてきた事柄が良質に表現されているので、掲載させていただいた。

車寄せ機能でセットバックした正面エントランス、何よりも外観マテリアルが素敵で印象深く、設計者の意図が伝わってくるファサードだ。下段は裏口と云って良いと思うが、春季・花爛漫になる擁壁スロープ部はデザインが一貫していて、神経が細部まで行き届いている。

       mgk1a.jpg
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これは別の幼稚園だが、R`面のファサードにした事が最大の勝因、インパクトの全てはここに在る。小窓が子供達の夢を誘いそうだ!

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最後に、安藤忠雄氏 | Tadao-ANDO がリニューアル設計の監修及び部分担当した子供施設、東京芸術大学近くに在る「 国際子ども図書館 」 のURL付けておく、ご参照されると良いと思う。
http://www.kodomo.go.jp/index.jsp
http://www.konoike.co.jp/sekou_k/sk-kodomo.html
http://www.kodomo.go.jp/100th/100th.html


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