スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- : スポンサー広告:  トラックバック(-)  コメント(-)

デッサン ・ ド ・ ムジィーク / 輝ける星の旗下

Dessin de musique | The star-spangled banner.

表題は、アメリカ国旗を表現した語彙である。

1812~14年「 米・英 」によるアメリカ独立戦争最中、弁護士(詩人)フランシス・スコット・キー氏 | Francis scott Key は、散文詩「 マクヘンリー砦の防衛 」を創作する。この詩作品へ、当時酒宴等で衆民から慕われていたメロディー、「 天国のアナクレオンへ| To Anacreon in heaven 」を充て、替え歌として親しまれる様なっていった。

そして時を経た「 ソノ曲!」が、1931年3月3日アメリカ合衆国国歌へ正式採択され、タイトルは詩作引用し『 星条旗 | The Star-spangled banner 』へ変更されたのである。因みに「 星条旗よ永遠なれ 」とは全く別の曲、よく間違われるがコチラは国家制定されている行進曲。


さて時は移り、1969年8月18日(月曜)早朝08:30頃、アメリカ合衆国・国歌演奏がニューヨーク郊外丘陵地帯へ、大音響と共に流れてきた事がある。

ウッドストック・ミュージック&アートフェア | Woodstock Music & Arts Fair の最終日(17日・日曜日!)最終演奏者、6人編成のジプシーサン&レインボーズ | Gypsy Sun & Rainbows デビュー・ステージ、日曜夜予定が押しに押されて翌早朝月曜、輝く昇陽へ包まれ漸やく始まったのだ。

その様な状況も在って、「 50万人!」も来場していたロック史上未曾有の大観衆だったが、悪天候と三日目疲労や週明け予定等、既に殆んど大半が家路へ着いてしまい、後に伝説的名演となるジミ・ヘンドリックス氏 | Jimi Hendrix 演奏開始時、ソノ体感機会へ恵まれた幸運な観衆達は、僅か「 5万人?!」程度しか居なかったのである。

ところで`Woodstock`と云えば、まず最初に浮かんで来るイメージが存在する、その心象スケープされたシーンへ、フォーカル・ポイント合わせ描いた拙作エスキース、天使の化身「 エンジェル・ジミ | The angel spangled Jimi 」下記掲載させて頂いた。

米国の「 ベトナム戦争 」関与へ対し、強烈なアイロニーとプロテスト・メッセージ込め、類い稀な感性から繰り出される「 創造的うねり 」を、右利き用フェンダー・ストラトキャスターをリバース・ストラップしつつ、マーシャル・アンプとの合奏フィードバック奏法、或いはペダルワークやアーミング奏法等、ギター・イノベーション盛込み表現した国歌『 星条旗 』は、過去「 ロック史 」粉砕しニューフロンティア切り拓く、歴史的演奏へ昇華したのだった。


  sm_jimihendrix_woodstockangel.jpg
                 The Angel spangled jimi.
      Guitarist : Mr,Jimi Hendrix with Fender Stratocaster.
     Personnel : Billy Cox(b), Mitch Mitchell(dr), Larry Lee(g),
              Juma Sultan(perc), Jerry Velez(perc)/Mr.


若くして頂点極めるには、早熟な先天的資質必要だ、そして類は共(友)を感じるのだろうか「 珠玉持ち併せた若者 」容易に嗅ぎ分ける、彼も例外ではなかった。

ジャズ界帝王マイルス・ディビス氏 | Miles Davis は、早くからジミ・ヘンドリクス才能注視しており、セッション切望しラブ・コール送っていたのだが・・・実現する事なく先に逝ってしまった。
逸話が残る、当時在籍していたジョン・マクラフリン氏 | John Mclaughlin、後のマハビシュヌへ屈辱的な要求をしている、「 彼の様に・・・ 」だそうだ。
流言飛語の域越えないが、『火種無き ・・煙・・』かも知れない、ビッチィズ・ブリュ| Bitches Brew 制作経緯看える様だ。(下記左側 | 1969年8月21日録音)

またジャズ界アレンジャー、鬼才ギル・エバンス氏 | Gil Evans も、「 ジミ天賦の才 」発揮された作品素早く発掘し編曲、ジャズ・オーケストレイション設えて、楽曲カバー・アルバムをトリビュート・リリースしている。その際、ギター担当したのは当時在籍していた、川崎 燎氏とジョン・アバークロンビ氏 | John Abercrombie だった。(下記右側 | Gil Evans Orchestra Plays Music of Jimi Hendrix.)

      milesdavis_bitchesbrew69.jpg      gilevans_jimihendrix.jpg
        Miles Davis`69            Gil Evans`74


ロック界も然り、クリーム | Cream の「 Sunshine of your love 」作曲経緯では、ジミ楽曲及び演奏へ感動覚え、生前時にも拘らず「 畏敬の念 」込め捧げられたモノだし、あのジェフ・ベック氏 | Jeff Beck においては、「 ギタリストで在る事が恥ずかしい 」とまで言わせしめた程だった。  

ところで、我が国ミュージシャン関係は、ギタリストの成毛 滋氏が観衆として唯一参加されていた。(ブリジストン創業者・石橋正二郎氏の孫)
しかしながら、上記理由等も在り歴史的なジミ・ステージ体感、逸してしまった模様記述され残っている。帰国後、角田ひろ・柳ジョージ氏等と共に`70年結成されたジプシー・アイズ | Gypsy eyes は、彼の地で見損じた「 注1/ジプシー絡み!」由縁だったのであろうか?

そして楽器メーカー・フェンダー社において、テレキャスター| Telecaster と比較し、販売成績思わしくないストラトキャスター| Stratocaster は、製造中止寸前だったのだ、それをジミ・ヘンドリクスが愛用且つ新奏法開発等の結果、彼死後クラプトン・ベック・ペイジ・ブラックモア氏等、ロック界著名ギタリスト達も次々採用する様になり、売れ筋モデルへと転化し現在の栄光築く礎になった。
      
以上述べて来た様に、彼の音楽性は既成枠へ全く囚われず存在している事、良く御分かりであろう。その上で我々に、演奏技術など超越した世界観(音楽)を、見事表現し垣間見せてくれた。
ソレが可能ならしめたのは、注2/先住民族から受け継いだルーツなのか?生まれながらの数奇な感性具え、或る意味「 予言者 」的な運命持主だった!・・・・からなのかも知れない。

本名 Johnny Allen Hendrix.
1970年9月18日ロンドン市内のホテル客室で天召された、死因は「 睡眠薬と多量飲酒 」併用 に因る、とされているが謎のままでも在るのだ、享年27歳。

      Fender | Stratocaster Woodstock`69 Jimi-model.
      jimi_woodstock_stratocaster.gif



注1/ ジミ・ヘンドリクスのバンド名「 ジプシーサン&~」や「 バンド・オブ・ジプシーズ 」、楽曲「 ジプシー・ウーマン 」等から影響されたのではないか?
注2/ 黒人の父と北米先住民・母親との間へ誕生し、幼少時「 チェロキー族生粋 」祖母に育てられた。

※ 暮々も申し上げておきます、ミュージシャンが他のイメージだと云う訳ではない
  ので、ご理解下さる様お願い致します。
※ 楽器掲載写真は、カタログより引用させて頂いた。

スポンサーサイト
12:02 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(2)

エクスプロージョン・チケット / 8

Explosion Tickets | Weather Report.

`70年代ジャズは、彷徨いながら混迷していた。

それ以前`60年代ジャズ・シーンにおいても、ビ・バップからハード・バップへ移行しつつ、次ステップ模索する試みや動き在った。
その大きな原因として挙げられるのが、台頭しつつある技術成熟著しいロック・ミュージシャン影響と、楽器構成上のコンボ編成変革期へ遭遇していた事、等が要因として考えられる。

ジャズ・ミュージシャン自身においても、それまでのアンプラグド楽器からエレクトリック化模索する必要へ駆られ、加えて演奏技術エイド革新されたシンセサイザー登場等も在り、ジャズ特徴でも在った即興性(アドリブ)や音楽性(モード&ノート)へ対する、明確なポジショニング迫られていた時期でも在ったのだ。

その様な試行錯誤する時代背景の中、分岐点示唆する光明如きアルバムが`77年発表される。それがウェザー・リポート| Weather Report のヘヴィ・ウェザー| Heavy Weather、発売と同時に購入したLPだった。(下記参照)

                heavy_w77.jpg

ウェザー・リポートはジャズ過渡期の1971年、ジョー・ザビヌル(Key)、ウェイン・ショーター(Sax)、ミロスラフ・ビトウス(B)各氏によって結成され、来るべき時代の4ビートジャズへ象徴的な一石投じ、1986年解散したグループ。
                
ジャズ界への功績は大きく、従来「 個:ソロ 」を基盤に成立していたコンボ・スタイルを、バンド全体が生み出す「 アンサンブル:創造的調和 」中心へ基盤置き換えると云う、第一歩目だがソレまでジャズの概念組替えに成功した。

具体例として挙げれば、エレクトリックとアコースティック楽器(サウンド)の融合図り、緻密に計算された「 作曲部 」と臨場感創造する「 即興部 」の有機的結合、つまり一度即興演奏をテープ録音し、その内秀逸部分を記譜する、『 即興作曲法 』というイノベーション!、ジャズへ創めて持ち込んだ。

彼等手法はその後、`70~`80年代におけるエレクトリック・ジャズシーンへ布石となり、更に進化していった。その成果一役担っているミュージシャンが、このアルバムからアルフォンソ・ジョンソン氏(B)後継として、全面参加したジャズ・ベース先入意識覆した、ジャコ・パストリアス氏(B)である。

アルバム制作時、彼はザビヌル氏と共に作曲やプロデュースも担当し、アルバム・セールスが望外なメガヒットとなった原因、ジャコ・パストリアス氏の音楽的力量や影響に拠る処大きい。



さて、`78年初頭から、そのウェザー・リポート公演がプロモーションされ始め、我が国へジャコ・パストリアス氏初来日公演決定!とのニュース聞き及び、ティケット発売まで待ち切れない思いで、購入した記憶在る。

1978年6月22日(木)コンサート当日、友人達と集合後「 芝・大門駅 」から多少急足だったが間に合い、蒸し暑さの中?開演を迎えた。
メガヒット・チューン「 バードランド | Birdland 」等、ポップでファンキーな亜熱帯パラダイス・サウンドは、ヒロ・ヤマガタ氏やトーマス・マックナイト氏版画を連想させ、熱くて涼しい?!中南米トロピカル・イメージと共に、パーフェクトなアンサンブル保ち演奏続けられた。

とりわけ、ジャコ・パストリアス氏フィーチャリング・ステージにおける、注1/スラッピングをサンプリングしたBGMへ、パーカッシブで芳醇なフレットレス・ベース演奏を重ねる「 独り二重奏 」は、美しい響きと挑戦的でストイックな音色併せ持ち、そのオリジナリティ溢れるギャップが、観衆を魅了し虜にした・・・に違いない。

勿論私にとっても、ジャコ・パストリアス氏ソロ演奏初体感し、多いなる収穫得られた。また、その後来日ステージで話題になる、奇異なアクション等も無く堪能でき、天賦の才強く感じる好印象を持った。

       weather_report78sm.jpg
                Keyboad :Joe Zawinul.
                    Sax :Wayne Shorter.
                   Bass :Jaco Pastorius.
                  Drums :Peter Erskine.
              Percussion :Alejandro Acuna/Mr,

蛇足だが、ジャズ・コンサートと言えば「 郵貯ホール 」経験少なくない。
当時の私においては、会場が郵便貯金ホールの場合ティケット購入モチベーションへ問題生じなくて良い、つまり業務終了後参加であった為、勤務地近隣ならば開演時間気にする必要もない為だった。


注1/ スラッピング:この場合はベース弦を掌で叩き、ソノ音源録り込みループさせた。スラップとは本来、英語「 Slap | 平手で打つ 」という意味の動詞、御存知チョッパー・ベースもその一種。


19:04 : エクスプロージョン・チケットトラックバック(0)  コメント(4)

デッサン ・ ド ・ ムジィーク / 荒天模様の鳥島

Dessin de musique | Birdland in Heavy weather.

初遭遇は、天気予報「 大荒れの鳥島 」からだった?

真に、「 亜熱帯サイクロン 」如き暴風雨圏内へ巻き込まれてしまい、そのトロピカル雰囲気醸し出すパラダイス・サウンドからは、フロリダ半島発生源とする響きや適度な湿気感じさせ、それまでのリズム・セクションと云う「 楽器規範 」を過去へ追い遣り、且つ斬新で甘く切ない「 音色&メロディー・ライン 」を、ベースギターにも拘らず併せ持っていた。

「 タイトルと冒頭文 」は、ジャズ・アルバム楽曲の和訳意味している。
ウェザー・リポート| Weather Report と云うグループが存在し、ヘヴィー・ウェザー| Heavy Weather タイトルのアルバム内に、バードランド| Birdland と云う楽曲存在するのだ。

楽器規範を過去へ追い遣ったミュージシャンとは、米国フェンダー社'62年製ジャズ・バスを自作フレットレス化し駆使する、天才呼称欲しいままにしたウェザー・リポート三代目ベーシスト、ジャコ・パストリアス氏 | Jaco Pastorius だった。

氏から薫ってくる中南米トロピカル・イメージは、出身地フロリダ州フォートローダーデール市(マイアミ近隣)と云う風土から、育成された由縁なのであろうか?

その芳醇な香りへ加えて、演奏技術では純音(ハーモニクス)多用し、ハンマリングやプリングオフ、そしてスラッピングやペダル・イフェクター使用等、ロックギタリスト・テクニック駆使した多彩なトーンを、ジャズ・ベース奏法へコンバートしただけではなく、その楽器可能性を大きく発展させるイノベーション(創造的破壊)、独創的にやってのけたのである!


そんな印象受ける氏だが、勝手ながらフロリダ・パンタナール(大湿原)の絶滅貴種、クロコダイルへと化身して頂き、愛用'60年製ジャズ・バス脇へスタンバイさせつつ、ウェザーリポート・メンバー共にメガヒット・チューン「 バードランド 」演奏するシーン、タイトル『 Birdland in Heavy weather | 荒天模様の鳥島 』を、トリビュート・エスキースとして描いてみた。(部分図)

       Birdland in Heavy weather :Whole size click here.
 weatherreport_jaco_crocodile_sm001.jpg
             Electric Bassist | Mr, Jaco Pastorius.
             Amp-cabinet | Acoustic co.ltd. USA

さて、氏使用楽器はフェンダー社、'60年製(下記1)と'62年製のジャズ・バス・シリーズなんだが、後者は自作オリジナル化したようだ。

本人工作でフレット金具を引抜き、スリット出来た指板全体へエポキシ樹脂埋め加工後、透明コーティング施し「 フレットレス」へと改造、またピックガードと音量調整ノブも取り外す、ノブは黒プラスティックから「 アルミ・ノブ 」へ取替えた、その新製品版がレギュラー・トリビュートモデル(下記2)として、販売されている。

また、フェンダー社カスタムショップ製だが、ジャコパス使用時そのままに時代加工された、レリック・トリビュートモデル(下記3)もサイトへ存在し入手可能。

              FENDER | Jazz bass series.

  sm_fen60jb.jpg    sm_fen62jb_jaco.jpg    sm_fen62jb_jacocustom.jpg
        1               2               3


本名 :John Francis Anthony Pastorius Ⅲ.
非業な最期となってしまった1987年9月21日、神招理不尽に思うが「 脳挫傷 」により永眠、音楽業界への損失甚大な夭逝だった、享年35歳。

ところで他界後、家族や友人・有志等の意思により財団設立され、故郷フロリダ州オークランド・パークへ、2009年12月1日(氏誕生日)グランド・オープニング予定で工事進められている、『 ジャコ・パストリアス・パーク 』のグラス・フィールド部分完成し(約半分)、本年5月5日市職員等も参加しテープ・カット後、プレオープニング・セレモニーと共にジャズ・フェスティバルが催された。



※ 暮々も申し上げておきます、ミュージシャンが動物イメージだと云う訳ではない
  ので、ご理解下さる様お願い致します。
※ 楽器掲載写真は、各社カタログより引用させて頂いた。


19:35 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(0)

長閑な午後 / ポタリング

Afternoon calm | Pottering 20090614

「 大気 」重く感じるのは湿度影響なのだろうか?

時期的には関東地方梅雨入り(10日)も在り、週末近隣ポタリング制御されがちだった、しかし束の間陽射しへ身体が反応したのだろう、運動不足解消する意味も在り、いつもの農免道方面まで重い大気中足慣らしへ出た。

往路通過する水耕田含め目的地一帯、先月初めまで渇水土壌だった景色一変しており、概ね豊水湛え植苗殆んど済んでいる。

そして水耕作業直後の証として、舗装路面へ描く抽象画如き乾いた泥跡や、畦道へ積まれた残泥土等から、繁忙時を垣間見る事出来る。同時に、発汗著しい!田園からは100日後収穫への期待と、「 緩やかで長閑な午後 」感じられた。

         pt_rural2.jpg
         hydrangea1.jpg
         pt_rural11.jpg
        
復路、何気なく通りかかった公立高校前、校舎間継ぐ「 渡り廊下 」視野へ入りペダルを停めた。公費で営まれる学校において、「 デザイン的処理された意匠 」へ出会う体験、多くはない。

この鉄骨ムキダシ列柱で支えられる2層渡り廊下は、盛土された前庭グリーンや植栽草花と、連続する円弧意匠付加させた事により「 余裕 」醸し出され、設計者意図する気持ち伝わり悪くない様に感じられる。しかし、僭越ながら今一つ惜しい処理が存在する。
素材・形態・機能と施工予算は、密接にリンクする旨承知している、しかし色彩はソレと関係なく調整可能であるハズだ、既存校舎からソノ意図感じられなくはないのだが、無彩色処理残念だった。

公費運営される学校とは云え、「 機能 」のみで良いハズがない、勿論無駄な処理も必要としない。だからこそ色彩計画の重要性、気付いて欲しいのだ。
ところが街中存在する校舎色彩計画、殆んど「 グレー濃淡色 」で外壁等処理されている場合多く、その理由について疑問が残る。

恐らく過去先入観による、「 汚れ目立ち難い色彩 」と思われており、ソレへ対する保護色対応からなのであろう。
公立学校が「 効率学校!」へなってはいけない、建築や室内空間等の環境も、教育延長線上へ含まれている事、忘れてはならないのではないか・・・・?

公立学校設計するゼネコン担当者の、「 緩やかで長閑な午後 」へ期待したい!



※ 中段写真: 植栽詳しくないが、異種の紫陽花 | Hydrangea だそうだ。

10:16 : ポタリング:自転車トラックバック(0)  コメント(0)

航亜リポート / 中華人民共和国 1

Asian report | The People's Republic of China 1

今後世界の以下動向は、この国が「 鍵 」と言わざるを得ない。
エネルギー・食料・人口・経済・軍備・エコロジー等、地球が近い将来抱えるであろう問題へ、深く関係してくる状況間違いないだろう、しかも殆んど全て人類存亡へ関わるかも知れない、最重要課題なのだ!

自他共に認められる、キャスティング・ヴォート握った国として、各分野有事への対応慎重な決裁、及び行動を望む他ない。

また内憂も存在している、国策出生調整 | Birth Control による晩婚推進と、単児童政策影響なのだろうか?核家族化進行と共働きによる「 家庭内孤独 」、そして「 過保護や肥満体型 」等、児童成育状況へ大きな変化起こりつつ在り、子供達将来含む社会全体への波及も、危惧され始めている。

中国4000年の歴史から育まれた「 社会規範や家族環境 」も、微妙な調整余儀なくされるのではないだろうか?


華亭賓館 | Hua-ting Hotel & Towers | 爆撃跡!?
上海市の中心市区西側に位置する、注1/国内線として使用していた「上海虹橋国際空港 | Hongqiao Int'l Airport 」へ比較的近いロケーション持つ、国際資本提携ホテルであるが、国内名称の「 華亭 | Hua-Ting 」は、提携先`Westin`を中華発音した「 充て字 」から来ている。

五つ星の高級ホテル、階高26階・部屋数810室である、下記は20階・2041号室ラフスケッチ平面図。
          shanghai_huatinghotel_sm.jpg

国際ホテルらしく、充分な広さの面積と品質在る調度品、配備されたアメニティ・グッズ、それらへの不満はない。しかしながら、業務が連日深夜まで及んだ為、ホスピタリティ・ライフ体感すると言う訳にはいかなかった事、残念だった。

ところで、20階へ宿泊した為か?見下ろす窓外景観が面白い、再開発され既に竣工した「 近代的ビル群 」と旧市街の「 古い町並 」、そして「 開発途上 」地域等が眼下へ混在しており、大変興味深いデベロップメント観察出来る。

また、上層階から見下ろした「 古い町並み 」辺りを地上通過すると、物騒な比喩で恐縮するが、あたかも『 空爆された痕跡 』視察する印象なのだ。
取壊されたのではなく破壊された様な家々は、半壊状態含む瓦礫(素焼煉瓦)の山と化し、茶褐色瓦礫と共に家財等、空地へそのまま散在している為、その様に感じたのかも知れない。

資本主義と違い「土地及び建物 」所有者が、共産主義体制により「 国家資産!」である為、政府都合の他地域へ強制退去による強制移住、抵抗余地も無く仕方のない事なのだろうか?
問題として表面化しない限り、外国人の我々から判断難しい領域なんだが、代々居住して来た住民にとって「 近代的な場所 」へ移れると云う、単純に綺麗事だけでは済まない心模様、垣間見た気もする・・・・。

そして、かなり早朝から削岩工事作業音が聞こえてくるのだ、「上海万博 」決定している為、近代化へ突貫工事進行させているのであろうか?

                早朝の上海体育館近辺
    shanghai_development_sm.jpg
       

注1/ 1999年、浦東 | Pudong 地区へ新国際空港開港後、虹橋 | Hongqiao は国内線空港へ変更されていた。しかしながら、その利便性から2007年国際線再開し、現在羽田便等が就航する様になっている。


11:04 : アジアトラックバック(0)  コメント(0)

航亜リポート / 中華人民共和国 2

Asian report | The People's Republic of China 2

三度目の中国渡航時(上海市)、宿泊はホテルではなく「 戸建てコンドミニアム 」のような場所が、手配されていた。

  shanghai-01sm.jpg

蘋果園酒店公寓 | Apple Court Service Apartment | 林檎果汁?
上記写真がソレ、全体敷地面積不明だがエリア全体周囲は高い塀で囲われており、「 3層階・各戸庭付 」邸宅!十数軒が一区画となり、広大な敷地内へ町の如く数区画点在している、また出入ゲイトへ付随した小屋内には、昼夜ガードマン常駐する厳重なセキュリティ・チェック行われる場所だった。

その場所は、現地語で「 蘋果園酒店公寓 」呼称されており、その家屋(5LDK)をコンドミニアムとして借用(男3人)したのだが、滞在期間中観察していると、居住されている方々も少なからず存在するのであろうか?日常生活らしき行動も見受けられる。(酒店=ホテル)

また、残念だが快適住環境へ相応しくない内容も在った、この国「 水 」事情への問題点垣間見させられたのである。
蛇口からは殆んど気付かない、しかしサニタリー・スペースでは水量使用する為判明したのだ、バスタブへ満たした給湯が「 淡褐色果汁?」如く濁るのである、現地スタッフへ聞いても特別事情ではなく、普通の出来事なんだそうだ、「 無色透明 」と比較すれば違和感在る、だが『 郷に入れば・・・』なのであろう。

ところで、この「 お屋敷!活用法 」を観察結果から推し量ると、まず高額所得者の現地住民達も対象者として考えられるだろう。
しかしながら、恐らく多くは長期出張や出向等で訪中して来る、「 外国人或いはその家族 」居住の為用意された、高級賃貸住宅(コンドミニアム)なのではないだろうか?・・・・・とは言いつつも、国家体制や風習の違い等存在する故、安易な推察控えるべきかも知れない。


さて滞在中、早朝から深夜まで業務となり私的時間余り無い中、経験と直感で速描した下記ラフ・スケッチ平面図、調査ドローイングしたモノではない為、不正確である旨了承の上、御参照下さればと存ずる。

         shanghai_applecourt_sm.jpg
      Guest room × 4 / Work room × 2 / Bath room × 2
    Living room × 1 / Dining room × 1 / Kitchen rooom × 1


最下段写真は、コンドミニアムから徒歩5~6分の所へ配置されていた、ひと際大きい「 管理センター棟 」如き建物内観である、ゴルフ場クラブ・ハウスをイメージして頂いたら良いであろうか?

毎朝食を、館内レストランのモーニングセット(中華粥&西洋風)で済ませ、食後アウトテリア・カフェへ移り、当日予定等打合わせた施設でもある。

館内には飲食以外のスペース等も揃えられており、「 スポーツ・クラブ 」ではフィットネス&スパ、トレーニング・ジムやサウナ&プール、そしてビリヤード・コーナーや専門店、また「 運営管理面 」からは、フロント・デスクやコンシェルジュ機能も配備されていた。

  shanghai-04sm.jpg



10:48 : アジアトラックバック(0)  コメント(0)

航亜リポート / 上海商業施設 1

Asian report | Restaurant in Shanghai 1

海外業務時、「 計画地と宿泊場所と飲食店 」往復に成りがちだ。

それ以外情報を摂取する為には、ある程度の時間的余裕必要となる、しかし短期での出張効率も存在し、中々実現難しい情況が在る。
そういう訳で、前編 /1 と2 は「 宿泊場所周辺 」へフィルター設定し記述させて頂いた、したがって今編では残った「 飲食施設 」周辺環境へ、フォーカル・ポイント合わせリポートしてみたい。


上海市内対岸へ位置する、浦東 | Pudong 地区超高層ビル群の内、金茂大厦 | Jin Mao tower 53階~87階へ入居するホテル、「 グランド・ハイアット上海 」を渡航序でに視察した、全体建築計画は六本木「 東京ミッドタウン」と同じ建築設計事務所、米国シカゴ市にヘッド・オフィス構えるS.O.M llp だ。

ホテル・インテリアからは、アートデコとモダン・デザインとオリエンタルが、極めてハイアット的な環境で調和され、その臨場感を体感出来る。また、33層階分吹抜けたダイナミックで巨大アトリウム空間持つ下層パティオへは、贅沢な天高と共にトレンディーな家具調度配置した、「 ピアノ・バー」が存在している。

試みにアトリウム上層階から、ピアノ演奏聴取可能か調査欲求生じ、イタズラ気分でELV昇降装置ボタン押す、しかしその過剰スピード昇降に恐怖感覚え、気後れしてしまったのは私だけであろうか?
テスト結果に付いては、充分とは云えない音量だが問題なく機能し、殆んどタイムラグ・エコーなく聴取可能だった事、報告しておこう。(下記写真参照)

  g_hyatt_shan_001sm.jpg
        `Piano Bar` at Hotel Grand Hyatt Shanghai.


また、ジンマオ・タワー3階に在る人気ナイトスポット「 PU-J`s 」は、インテリア・デザイナー杉本貴志氏 | Takashi Sugimoto (当時スーパー・ポテト代表)が設計担当されている。
訪問時ウィークエンド故か350席殆んど満席状態、失礼ながらトレンディー・スポットとは云えロコ達にとって価格割高のハズ、にも拘らず若者達熱気で溢れている風景、後日理由判明したが不思議さ伴う宵(酔い)だった。

デザイン内容は、普段隅に追い遣られているワイン・セラーや酒類等ボトル・キープ棚、その脇役へ照明とフォルム等加味する視覚デザイン施し、店内メイン・キャラクターとして設置するプランは、「 美麗な輝度 」と「 高周波の響き 」持ち、訪問客を期待感と共に迎えてくれそうな気配感じた。

また彼のお得意芸だが、斬新さの対極素材として石裏へ照明配備した「 自然石 」利用する、ソノ淡い透過光を効果的に数ヶ所配置し、「 斬新さと柔和さ 」と云う相反する形容詞を、カラオケ・ダンス・ジャズ各エリア共、秀逸な空間として上手く纏め上げている。(下記写真参照)

ところで、滞在中上海市に関わる諸々マーケティング資料入手した際、ナイト・スポット賑わう原因データも存在し、納得したのである。

為替レートから伺い知る、中国国民収入は平均値である旨周知だが、平均以上の可処分所得持つ高額収入層を、日本的判断しては過ちを犯す事になる、当然マイノリティ層なんだが我国比較とは「 数量桁違い 」なのである、つまり貧富における「 ピン・キリ!」格差社会が、極めて激しく存在する国なのかも知れない。

  pu_js_shan_sm.jpg
          `PU-J's` at Jin Mao Tower Shanghai.


12:12 : 商業施設トラックバック(0)  コメント(0)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。