秋陽釣瓶落しの如く / ポタリング

Autumn sunset | Pottering 20091101

釣瓶落としの落陽前に、『 小さな季語 』探索がてら近隣ポタへ出た。

しかし、ペダル踏むハーフ・パンツの素足感触が、先月収穫時期とは異なる乾いた冷風察知し、次回ポタリング冬支度教唆され体感もソレを実感しつつ、斜陽背に受け大腿筋へ意識入れ込み、北東方向ハンドリングした。

暫くペダリング後、日没前にはいつもの田園地帯広がる稲作田到着、収穫期終えるも未だ農閑期には早く、農夫は田畑冬支度の為、農繁期とは違い寡黙な農作業へ勤しんでいるようだ。

そして、干し藁芳香も既に消えた休日農免道、何気なく過ぎ去る`田ん坊主`見遣れば、刈取り後芽吹いたのか?乾燥田は青坊主!状態である。

そんな青坊主借景内、秋陽マジック掛けられた「 マイバイク影法師 」、長~く伸びきり歪形並走する陰影となり、短く刈り込まれた冬支度水田へ影絵演出する、そんな坊主青田に『 長~い秋 』見つけた。

             Shadows are long in autumn.
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               Heads of Pampas grass.


四季折々の変化は、感性へ何らか兆しをもたらすのかも知れない?
中でも「 秋 」は、五感を微妙に刺激し創作意欲増進させるのか?作品発表会や展覧会等催される機会多く、会場へ足運ぶ人々も少なくない。

音楽においても、「 秋 」はシットリ聴き込むジャズが良く似合う!と巷云われており(詭弁だが)、スタンダード曲タイトルへ季語提供するヒット・チューン、周知の如く多数存在している。

そして秋の夜長は、出来ればブルーイッシュなジャズへ拘りたい。何故ならば、季語タイトルとするマイナー | Minor chord 秀逸楽曲へ、少なからず恵まれるからである、季節「 兆し 」から動機付けされたヒトの感性為せる技なのだ、そんな季語ススキへ『 マイナ~の秋 』見つけた。



さて、季語探しの近隣ポタから詭弁弄しココまで持ってきた、そしてお奨めする訳では在りません、あくまで私的感性へ叶った『 秋の季語 』アルバム三枚、下記へコメント加えず御紹介のみさせて頂く。

  1/ ナット・キング・コール&ジョージ・シアリング : セプテンバー・ソング
    Nat King Cole & George Shearing | September song.
  2/ タル・ファーロウ : オータム・イン・ニューヨーク
    Tal Farlow | Autumn in New York.
  3/ ジョニー・スミス&スタン・ゲッツ : ムーンライト・イン・ヴァーモント
    Johnny Smith & Stan Getz | Moonlight in Vermont.


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19:06 : ポタリング:自転車トラックバック(0)  コメント(8)

航東リポート / アカデミー賞授賞式場

U.S.A report | Academy awards ceremony hall.

10年程前の米国業務渡航時、ロスアンジェルスへ立ち寄った。

その折は、知り合い建築家 K 氏ソノまた知り合い S 氏の御子息が、注1/現地大学建築学科学生だった事も在り、全く知己無いもののご紹介頂きガイド&ドライバー役依頼し、恐縮ながら市内視察お手伝い頂いた。

ご承知の如く L.A は、地下鉄や電車アクセス不毛地帯、最近見直されているとは云え車社会否めない、したがって車移動での要所視察大変効率的だった、改めてこの場借り御三方へお礼申し上げておこう。

大学生S君が、早朝迎えに来てくれた宿泊施設、実は1930~1940年代頃まで、注2/アカデミー賞授賞式場として舞踏会場 | Ball Room が利用され、伝統と格式在る建物として米国内でも著名な、リーガル・ビルトモア・ホテルだった。
因みに第1回開催は、1929年ルーズベルト・ホテルで催された、他にアンバサダー・ホテル等でも過去執り行われている。

しかし、徐々に規模が拡大し晩餐会形式のホテル授賞式から、観客収容型への移行によりその役割を終え、現在では6000人程収容可能なコダック・シアターを会場として、開催されようになった。

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               (C) Regal Biltmore Hotel.


Regal Biltmore Hotel. | 栄枯盛衰!?
過去面影は、パブリック空間の圧倒的なローマニアン様式豪華さへ充分感じられ、元来クラシック空間少ない近代独立したお国柄、建築躯体や内装造作ディテールから、希少価値であろう旨窺い知る事出来る。

また、リーガル・ホテル・グループから所有権移動したのであろう、現在はミレニウム・ビルトモア・ホテル | Millennium Biltmore Hotel へ、施設名変更し営業されているようだ。

さて本題のホテル客室だが、スウィート・ルーム含め全683室配備されており、宿泊したマイ・ルームは578号室だった。いつものラフ・スケッチ平面図、研究資料として描き残して在る為、下記へ記載しておく。

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              Regal Biltmore Hotel #578.


客室内感想述べさせて頂くが、プロ視点で多少厳しいかも知れない。
1927年建立故、恐らく改築計画数度及んだのであろう、家具や内装造作の様式不一致や色調不統一認められ、決して褒められる空間ではなかった。導入部及びフロント&ロビーまで、大変素晴らしいローマン様式の環境だっただけに、幻滅感増したのだろうか。

恐らく、素人判断でも良いと感じないのではないだろうか?機能上の問題ではなく意匠違和感なのだ!イメージはクラシック風なんだが・・・・、イタダケナイ。
そして、欧州クラシック・ホテルへよく在りがちなスタイル、日除け及び目隠し鎧戸施されている為か、カーテンが設えられていない。

10年前の感想でもある、「 盲人象尾触れ象とは蛇の如 」かも知れない、既に改装が済み意匠問題ない事願う、それ程パブリック環境が素敵だった。好感持てるだけに、客室内ナントカ成らないだろうか?と感じたのである。

試みにネット・サーフィンし探索してみた、「 在る々」酷似する意見の方々ワザワザ写真付きでコメントしていた。勘違いをしないで頂きたい、営業妨害する積もり毛頭なく、折角の歴史と伝統在る環境持ちながら勿体無いのだ。

僭越ながら改装例挙げさせて頂ければ、客室内へは円柱等大袈裟な様式不要だろう、替わりに繊細な面縁多少設え、そして全体色調をアイボリー系使用し品位醸造するのである。
また、不自然なモダン家具配置はアンバランスで心地良くない、インテリアと家具様式を合わせるべきであり、建築環境との競合避けた「 ネオ・クラシック 」な方向が良いのではないだろうか?頑張って欲しい。



注1/ サイアーク建築大学・南カリフォルニア校
    SCI-Arc:Southern California Institute of Architect, L.A,CA

注2/ アカデミー賞 | Academy Awards.
アメリカ映画の健全な発展を目的に監督・俳優・スタッフ等を表彰し、その労と成果を讃える為の映画賞、主催が映画芸術科学アカデミー。

18:04 : アメリカトラックバック(0)  コメント(2)

デッサン・ド・ムジィーク / 穏やかな日々

Dessin de musique | Indian Summer.

`インディアン・サマー`ご存知だろうか?

晩秋から初冬へかけて暖かい日々が続く事を、日本語では『 小春日和 』呼称するのだが(丁度今頃)、春の様な温暖さという意味であり、小春は旧暦10月の別称だそうだ。その様な気候を、米語!において`Indian Summer`と表現する。

米国用語の為、`インディアン| Indian`は北米先住民族を指し、語源に付いて諸説存在しているようでもある。

大変恐縮ながら、インディアン語意には「 偽の」と云う別意を含む、したがって夏みたいな暖かい気候だけど実は違う、転じて『 偽の(インディアン)夏 』なる説。更に辿れば、英国用語`St.Martin's Summer`が語源となったようで、セイント・マーチン(聖職者?)も「 偽り」の意を持つからだと、云われている。

もう一つは、今件内容へ沿うかも知れない語彙だが、『 人生晩年の落ち着いた幸福な日々 』と云う意味も在るようだ。

因みに各国共近似する表現存在し、仏 :サンマルタンの夏、独 :老婦人の夏、露 :女の夏、そして沖縄 :小夏日和等々各地呼称も興味深く、研究したら面白いかも知れない。

       
ところで本題は、楽曲`インディアン・サマー`の事である。
調べれば、J-pop や映画へ同タイトル作品複数存在しているようだ、しかし今件では米国ミュージカル創成期の作曲家、ビクター・ハバート氏 | Victor Herbert 作品(1939年)を取上げたい、作詞はアル・ダビン氏 | Al Dubin、恋の痛手(失恋)を癒す内容。

これまで多くのミュージシャン達から好まれ、多岐へ亘る名演存在し当方所蔵アルバム中にも、ジャズ・ギタリスト名伯楽ジム・ホール氏 | Jim Hall の、`76年収録した`コミットメント | Commitment`内クレジットされ、美しいミディウム・テンポ・ジャズバラードへ仕上げられており、穏やかで暖かく心に染み入るような旋律が大変印象深く、曲想イメージは心象風景として刻まれ現在でも甦る。


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                   Commitment`76

           Guitar:Jim Hall
           Piano:Tommy Flanagan.Don Thompson
           Frugelhorn:Art Farmer
           Bass:Ron Carter
           Drums:Allan Ganley.Terry Clarke
           Percussion:Errol Benetttambourine
           Voice:Joan Labarbara.Jane Hall/Mrs,
           Arranger:Don Sebesky/Mr,


さて、私の心象へ刻まれた風景とは・・・、自然溢れる只中で演奏する姿だったのだが、今件設定から少なからず増幅模索し、新エスキースを描いてみた。

米国中北部サウスダコタ州の、マウント・ラシュモア | Mount Rushmore 記念国立公園は、雄大な大自然岩山へ米国大統領4人の巨顔を、注1/ 彫刻している場所としてソノ名世界へ轟かせた。

しかしソノ場所、先史より先住民族スー族の極めて「 神聖な地域 」だった、と拙い知識だが聞き及んでおり、大酋長`クレイジー・ホース他三人`を同様彫刻する計画も、現在起草されている旨伝え聞いていたのだ。

したがって、楽曲名由来から「 平穏な日々」、奏でられた「 柔和な音色 」、そして先住民達の「 聖なる地域 」、それぞれが感反応したのだろうか、大自然の中優しく穏やかな響き醸し出す氏と共に、『 穏やかな日々| Indian Summer 』エスキース内へ、先住民『 顔 』刻岩具現してみた。




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                   `Indian Summer`
               Jazz Guitarist :Jim Hall/Mr,


ジム・ホール氏ギター演奏は他に追随許さない程、優しく和やかで円い暖かさを持っている、海外に於ける表現も`Mellow/Warm/Subtle/Richtone`等、形容される事からも窺い知れる。

そして演奏される音色の要因だが、ピック・アップやトーン・コントロール特性、弦ゲージやピックの硬軟、指板への押付け強度、アンプ特性やイコライザー・セッティング等、考えられる要素だ。
また楽器以外影響も存在し、会場条件やスタジオ設備、気候変化や PA 調子、更に録音側と制作サイドの好みやポリシー、ミュージシャン秘匿部分等々、音色における決定的素因簡単には云い難く、判らないと云う処が本音。

また、上記要因とも多いに因果関係持つであろう、微妙で繊細なテクニック必要となるプロ楽器、当然特注オリジナル・モデル所有者も多く、氏においても然りだが写真入手不能モデルなども在る為、以下へは参照としてジム・ホール氏使用ギター、過去含めカタログより掲載しておく。


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1.Gibson社 ES-175、実際は1ピックアップ仕様。(`57年~`70年中頃)
2.D`Aquisto社 JH 仕様、生産版 DQ-JL 在り。(`70年代後半~`03年)
3.Sadowsky社 JH シグネーチャ・モデル。(`04年~現在)

本名:ジェイムズ・スタンリー・ホール氏 | James Stanley Hall.
ニューヨーク州バッファロー出身、アメリカ合衆国ジャズ・ミュージシャン。ジャズギター界巨匠で、多くの次世代ギタリスト達が氏影響を公言している、名伯楽由縁であり78歳の現役ギタリストでもある。



注1/ デンマーク移民彫刻家、グッツォン・ボーグラム氏 | Gutzon Borglum.により、1927年スタートし途中御子息リンカーン・グッツォン氏が引き継ぎ、親子二代14年の歳月掛け完成させた。

※ 楽器掲載写真は、各社カタログより引用させて頂いた。

19:33 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(3)

デッサン・ド・ムジィーク / 幸福という名下に

Dessin de musique | Under the name of Happiness.

英語圏での名前「 フェリックス | Felix 」は、「 フェリーチェやフェリシアーノ」呼称するラテン語に語源遡り、その意味へ『 幸福や喜び 』を含んでいる。

そして、ソノ名持つ著名ミュージシャンが過去存在した、自・他称含めロック通方々ならばフェリックス・パパラルディ氏 | Felix Pappalardi の、偉大な業績や軌跡少なからず御存知であろう。

彼は、英国ロック界奇跡のグループ「 注1/クリーム | Cream 」2nd アルバム以降、プロデューサーとして敏腕発揮され揺るぎ無い名声を得た。
クリーム解散後、注2/レスリー・ウェスト氏 | Leslie West 発掘、`69年アメリカン・ハードロック・バンド「 マウンテン| Mountain 」結成、ベーシスト&プロデューサー&リーダー兼務の上、作曲や編曲においても才能発揮され、ウッドストック出演やアルバム・セールス等、順風満帆スタートしたのだった。

また、我が国音楽シーンでも御活躍された時期が在る。
`73年マウンテン初来日時、ローカル・バンドとして前座務めた縁から発展し、竹田和夫氏率いる「 クリエイション | Creation 」へ、多面的参加するようになっていた旨、御存知方々も多いのではないだろうか、左様に`70年代ロック・シーン語る上で、見過ごせないミュージシャンなのだ。

そして彼を語る上で巨漢レスリー・ウェスト氏と、パパラルディ氏夫人注3/ゲイル・コリンズ氏 | Gail Collins、除外する事も出来ない。


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      `67 Cream 2nd.        `69 Leslie West/Mountain


1960代後半~`70年代初期ヒッピィ・ムーブメントの中、『 或る書物 』がバイブル如く持て囃されていた、同タイトルで`78年注4/特殊アニメーション用い映画化がされたものの、実現難しい内容も災いし一作目世評盛上らず、続編フェイド・アウトせざるを得なかった。

しかし、今世紀へ入り発達顕著なコンピューティング、過去において映像化不可能だったシーンも、C.G 等のイノヴェーションから創作可能となり、ピーター・ジャクソン氏 | Peter Jackson 監督指揮下、`02年壮大な三部作・実写映画化も功を奏し、世界中で興行されご覧に成った方も多いのではないだろうか。

ソノ原作が『 指輪物語 | The Lord of the Rings 』、或る書物だった。
空想世界`中つ国 | The Middle Earth`で、平和を愛する小人族ホビットと暗黒世界の指輪争奪戦記、オクスフォード大・教授トールキン氏 | J.R.R.Tolkien 描く勧善懲悪の長編ハイ・ファンタジー小説。
手元所蔵する評論社版(瀬田貞二氏訳)は、三部作それぞれ上下巻在るため全六巻だったが、青年期大変面白く没頭し読ませて頂いたものである。

また当時は、ベトナム戦争反意唱える行動として徴兵拒否し、社会からドロップアウトしていた「 ヒッピィ 」呼称される、米国人若者達多く存在していた。

彼等スローガン Love & Peace は、全世界若者達からも共感を得られ、音楽やヒッピィ・コミューン通じ「 新しい秩序 」暗中模索する、ジェネレーション・ムーブメントへと展開されていったのである、そういう若者達から指輪物語が思想書!として絶大な評価得たのも、成り行きとして自然だった。

マウンテンにおけるビジュアル及び観念上のクリエイター:ゲイル・コリンズ氏、彼女の文学的素養と幻想的な創造性から生み出された作品群は、当時斬新では在るものの『 有史以来人類が追い求める秩序だった伝統的な夢世界 』も描かれており、其処へF.パパラルディ氏の探求する音楽的空想世界が、次元的にシンクロしていたのではないか?とも考えられる。

そして、恐らくそのコンセプト源泉にはトールキン氏指輪物語が、彼女へ観念上影響与えた結果、マウンテン芸術創作させたのだろう。
その結果として、我々は物語痕跡をタイトルや詩作から垣間見、或いはウェスト氏やパパラルディ氏演奏通じ、間接的にトールキン氏哲学享受出来た・・・・などと勝手ながら推察している。


      mountaindoom_pappa_west_baggins-sm01.jpg

                `The Road Goes Ever on`
        Mountain :Felix Pappalardi / Gibson`57 EB-1.
                Leslie West / Gibson`54 Lespaul Jr.
          Hobbit :Bilbo Baggins.
                Frodo Baggins.
                        

氏愛用バス・ギターは、現在製造されていないギブソン社EB-1である。
既に、殆んど見掛ける機会少ない希種だ、現物を当時写真でチェックすると、アルバム「 暗黒への挑戦 | The Road Goes Ever on 」紛いイラスト描かれた、美しいプライベート・モデルへ変身している、恐らくゲイル夫人の手により描かれたものと思われる。

因みに、元クリームのジャック・ブルース氏 | Jack Bruce も同モデル所持するようだが、その筋によればパパラルディ氏(サイン付)から貰い受けたモノを、現在も大切にし使用されているとの事である。

また、この様な形状をビオラ・タイプと呼称し数種存在する。他社製品だがビートルズのポール・マッカートニー氏も使用した事でも知られる、独国カール・ヘフナー社500/1を参考掲載してみた。但し、実物は左利き用の為リバース型となる。


        gibson_eb1_felixpp-sm1.jpg           k_hofner62_paulmc-sm1.jpg
       `57 Gibson-EB1       `62 Karl Höfner-500/1


本名:フェリックス・A・パパラルディ・Jr氏 | Felix A Pappalardi Jr/Mr,
アメリカ合衆国出身、幼少時からクラシック音楽へ馴染み、ミシガン音楽大学入学後コーラスやオーケストレーション学び、その造詣深く特にバッハ音程原理や他バロック音楽理論、中近東音源等へ傾倒していたようである。しかし、創造性や主体性欠如したアカデミズム嫌悪感から大学を去り、専攻学科から得られた閃きをロックへコンバート、メジャーとして成功。

音楽プロデューサー・作曲者・ヴォーカリスト・ベースギタリストとして活躍していたが、マウンテン時代のハイヴォリューム災いしたのか、部分難聴理由にベーシスト現役は引退していた。
ところが、1983年4月17日マンハッタン・アッパーイースト、居住する瀟洒なアパート内引き裂かれた結婚証明書と共に、伴侶の護身用銃(38口径デリンジャー)で射殺された、享年43歳。




注1/ 英国音楽雑誌において各楽器担当別人気投票行った結果、ギター・ベース・ドラム部門トップ賞得た三人が結集し、`66年デビュー`68年解散した伝説のブルース・ロック・トリオ。

注2/ マウンテンのヴォーカル&リード・ギタリスト、当時無名ギタリストだったが氏から見い出され、デビュー・アルバム「 レスリー・ウェスト / マウンテン 」を`69年リリースする。
その翌年、アルバム「 勝利への登擧 | Climbing 」クレジットされた、ミシシッピ・クィーン | Mississippi Queen は、ロック・クラシック界燦然と輝く名曲称号得ている旨、否定する者居ないだろう。

注3/ パパラルディ氏伴侶であり音楽観念上コラボレーター。マウンテンの思想的背景である創造性溢れた作詞や、アルバム制作におけるアートワーク(イラストやグラフィック・デザイン)等担当し、グループ・キーパーソンでもあったが、夫殺害により第二級殺人罪(計画性なく突発的)で起訴、懲役刑4年の裁定後`85年仮釈放されている。

注4/ ロート・スコーピング技法(実写+アニメ)という、特殊アニメーション撮影用い全二部作映画化されたのだが、続編は諸事情からみ残念ながら実現されなかった、監督ラルフ・バクシ | Ralph Bakshi.

※ 楽器掲載写真は、各社カタログより引用させて頂いた。

21:02 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(0)