紫陽花湿りジャノメ記憶が甦る

Memories of constantrain.







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                雨々降れ々母さんが~♪ / 20110605











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              ジャノメでお迎ひ嬉しいな~♪ / 20110605







写真は我が家に咲く紫陽花2種、日本古来の原産種で『 ガクアジサイ 』と云う、周囲の可憐な花々が額縁状のため其の名が付いた、学名 / Hydrangea otakusa.

一般的に愛称される手毬状のアジサイは、上記原産種へ何度も改良重ねたオランダ産逆輸入種であり、正確記せば「 セイヨウ・アジサイ 」称する、そして此の件に深く関わった歴史上著名人物がおり、幕末の長崎出島へ長期滞在していた博物学者、F.F.フォン・シーボルト博士だ。

彼はドイツ人だが、鎖国から蘭国総領事付軍医として訪日、ところが幕命により伊能忠敬が調査作成した日本地図を無断でオランダへ送った為、軍事機密漏洩の嫌疑掛けられ、最終的には幕府から国外追放されたものの、滞在中送ったモノ含め「 日本らしさ 」山ほど持帰り、多くの日本研究学術書を著した。

それら出版された著書の中でも、当時稀少だった図鑑「 日本植物誌 」へ、日本固有種の『 ガクアジサイ 』を紹介、其の際記した'otakusa'は、共に帰国叶わない家族偲び名付けたようだが、日本人妻『 お滝さん 』を由縁とするそうだ。愛妾説も在るとは云え、二人の娘を儲け家族へ対し深い愛情持っていた事実、伝えられている。


注 : 主題は童謡『 あめふり 』転用。作詞/北原白秋・作曲/中山晋平両氏により、大正14年(1925)雑誌『 コドモノクニ 』11月号で発表。

注 : ジャノメ は同心円状の日本家紋一種。童謡内語意は「 蛇ノ目傘 」の事、和紙仕上の紋章文様張り付けた和傘を云い、洋傘の普及する昭和初期頃までは、油紙張ったモノが(カラ傘・番傘・ジャノメ傘)一般的だった為、時代と共に挿入された。

17:33 : 写  真トラックバック(0)  コメント(2)

デッサン・ド・ムジィーク / サマータイムはジャニスから

Dessin de musique | Summertime began from Janis.

今夏、電力需給逼迫想定される為、政府は原発代替案として操業停止中の火力発電所(原油・石炭・LNG・廃棄物等)設備を、急遽改修や増設図ると同時に、各家庭・企業・工場への電力減免要請など、夏の非常事態回避を画策している。そして、行政では未実施示唆しているものの、民間においては各電機メーカーや大手企業中心に、節電を意味する『 注1/サマータイム 』、国策ならずも実現しつつ在るようだ。
  
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                    Porgy & Bess ©IGC

その『 サマータイム 』、初遇は音楽へ興味芽生え始めた中学1年初め頃だろう。或る日の放課後、教師奨めから同好会で音楽室へ集まり、近代作曲家ジョージ・ガーシュウィン氏作品、アメリカン・フォーク・オペラ『 ポギィ&ベス 』聴取した際、楽曲中第一幕において、黒人漁師ジェイクの妻クララが歌唱する、「 子守唄 」としてだった。

暫らく、語意不明のまま数年経過し、二度目はFMラジオから流れるジャニス・ジョプリン氏作品、しかしブルースロック風カヴァーは別曲かと思う程、彼女感受性でアレンジされており(一部歌詞も)、見紛うものの訳詩から同一曲と判別、各々オリジナリティやサマータイム意味其の折学んだ。

またジャニス初見は、ジャズやロックへ凝り始めていた美術学生の頃、或る友人から誘われ当時御茶ノ水に在った日仏会館で、ロック・コンサートのフィルム上映会へ参加した際、映像内ロングヘアー荒々しく振り乱し、鬼気迫る謳いっぷりと嗄れ声で、心魂震わせつつ「 サマータイム 」を絶唱する彼女姿へ遭遇、スクリーン内聴衆と共に鑑賞する私へも、エモーショナルな波長伝播して来たのである。

野外会場大観衆と私へ凄まじい衝撃与えたステージは、ビッグブラザー&ザ・ホールディングカンパニーのフィチャリング・アーチストとして参加しており、当時SFOで人気出始めていた同舞台踏む女性ヴォーカルバンド、ジェファソン・エアプレーンへ対抗し編成された直後で、阿吽呼吸とは云い難いステージを2度(土曜昼と日曜夜)務めている。

此の映像だが、ママス&パパスのジョン・フィリップス氏と、彼らプロデュースのルー・アドラー氏等が中心となり、開催された「 注2/モンタレー・ポップ・フェスティバル 」を映像化、其の一部編纂フィルムの著名シーン一つでもあった。
ところが、当時演目調べると絞り出す様な壮絶シャウトは、ビッグ・ママ・ソーントン氏のカヴァー曲「 Ball N' Chain 」であり、肝心な「 Summertime 」のクレジットは無く、どうやら私は翌々年ウッドストック出演時と記憶混濁し、思い込みしていたようだ。

因みに、米国籍ながら当時無名のジミ・ヘンドリクス氏(英国内既成功)も、ジッポオイルで焼焦げ炎上げる`ストラト`と共に母国凱旋ステージ務め、ザ・フーは自ら楽器破壊しパブネタ思惑当たったものの、破壊イメージ脱却に少なからず苦労する?次第。

当時、ビデオも無く映像発信に多大な商業的価値が在り、その影響下ニューロックは免罪符得られ、配信後人気と知名度上げたミュージシャン数多く、懐かしい面々記憶も甦るのだが、ジャニスは流れ星の如く一瞬煌めき、伝説の彼方!へ昇華して逝った。



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           Blues & Rock vocalist : Janis Joplin / Miss.
                      `Ball 'N Chain`


実は、当方「 サマータイム 」を過去二度?体験した。
未だ若い頃、インド経由で欧州各国をバッグ・パッキング旅行時、ユーレイルパス利用から「 トーマス・クック社 」列車時刻表を、銀座イエナ洋書店で事前購入し単独ツアーしていた、ところがサマータイム期日以降は、列車・発着時刻・停車ホーム、或いは車両編成変更の有無や各国時差等々、+1hを含め再確認必須で最重要項目だった為、緊張しつつ列車へ乗車した事、印象強く記憶へ刻み込まれている。

二度目は外資系企業勤務時、4月1日付で米国現地法人へ赴任(長期出張)命じられた折、丁度イースター時期(復活祭)と重なった事から、日本で見掛けなかった「 兎と卵 」装飾が街中へ溢れていた、そしてグッドフライディ(聖金曜)の週明け後、夏時間へ移行した旨現地スタッフより報告受けたのだ、現在でも「 白黄 」イメージからサマータイム呼び起こされるが、恐らく当時CA州では復活祭後に起日設定されていたからだろう。

双大陸の感想共、早朝理由に寝不足印象殆んど体感せず、夕刻以降のプライベートタイムが長く余裕も在り、と同時に結構遅い時間帯まで日照在る為、日中大気での飲酒や食事へ、少なからず違和感(罪悪感?)持った事などだろうか。

サマータイム効能別にして、我が国では戦後米国占領統治期の三年間のみ、法制化後実施経緯在るものの、占領終了と同時に廃止、以降施行されていない。
行政主導の節電対策へ頼るだけではなく、今後は相場高騰する枯渇資源から「 持続可能エネルギー」への転換見据え、現状ライフスタイルや各人身の回り省みる良い時期でも在り、原発と云う「 注3/Ball N'Chain 」から逃れられるチャンスかも・・・・・?


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           Pearl`71               Ball N'Chain`68

本名 :ジャニス・リン・ジョプリン | Janis Lyn Joplin.
'60年代を代表する女性ブルース&ロックシンガー、TX州ポートアーサー出身米国人。
圧倒的歌唱力とハスキィ・シャウトする迫力ステージは、荒く生々しいが魂溢れ魅了されたファンも多い、ロック史上類を見ないヴォーカリストとして夭逝後も人気衰えず、ローリング・ストーン誌「 歴史上最も偉大な100人のシンガー」へ加えられ、その他ベット・ミドラー主演'79映画「 ローズ | Rose 」は、彼女モデルにするものだ。

また代表曲『 サマータイム 』も、'68年アルバム「 チープ・スリル| Cheap Thrills 」内収録され、数週に渡り全米No.1栄誉へ輝く。
しかしながら'70年10月4日、サンセットスタジオでのアルバム録音から、8月以降滞在していたLAのランドマーク・モーテルへ、ロードマネージャーだったジョン・クック氏が迎えに行った処、客室床へ倒死する姿を発見された、そして翌年「 パール| Pearl 」は遺作アルバムとして、一部楽曲未完成(カラオケ)のまま発売。

日常的に覚醒剤や大麻、酒(上図バーボン)なども摂取していたようだが、検死結果は致死量越えた高純度ヘロインとアルコール併用による事故死、遺灰はSFOノースビーチ沖太平洋へ自然葬された。婚約者にも巡り会い、自身のバンド`Full Tilt Boogie`結成直後だっただけに大変惜しまれる、ニックネームは「 真珠 | Pearl 」、享年27歳。


     
注1/ Summertime.
英国呼称はサマータイム、夏時間の事。夏季陽光時間帯を有効利用する目的で、現行時刻へ1時間加えたタイムゾーンを採用する制度、又はその時刻。因みに、米国においては`Daylight Saving Time`と相違する。(D.S.T/ 加国・豪国も同様)

注2/ Monterey International Pop Festival.
1967年6月16日(金)~18日(日)まで、CA州モンタレー(又はモントレー)で開かれた音楽祭、台頭しつつあるロックをベースとして催され、後のコンサートへ多大な影響及ぼした歴史的な大規模野外コンサート。
ロック・フェスティバル源流とされるものの、出演者はロック系に限定されず、ジャズ・フォーク・民族音楽等のミュージシャンも30組以上出演している。当時、ポップスから分岐した新派のロック勃興期でもあり、音楽カテゴリーも未だ細分化されていなかった。

注3/ `Ball and Chain`の略表記。囚人や奴隷達の逃亡及び抵抗など防止するために、両足首へ足枷と共に取付けられる「 鉄球と鎖チェーン 」の事。

20:01 : デッサン・ド・ムジィークトラックバック(0)  コメント(0)

デッサン・ド・ムジィーク / ミスティを聴かせて

Dessin de musique | Play Misty For Me.

四方山話となる。当時其のハリウッド俳優ファンでもあり、且つジャズ愛好者にとっては大変興味惹かれるタイトルだった為、恐らくB級作品(失礼!)であろうと勝手ながら思いつつ、内容未摂取のまま都内場末映画館へ、時間潰し入館した事がある(恐縮!)。

俳優は、TVドラマ「 ローハイド 」のカウボーイ役(ロディ)、或いはイタリア製西部劇セルジオ・レオーネ監督作品「 荒野の用心棒 」や「 夕陽のガンマン」主演、また規格外刑事ダーティー・ハリィ役、その他特筆すべきはカリフォルニア州カーメル市の市長等、多彩な才能発揮されているクリント・イーストウッド氏。

タイトルが『 Play Misty For Me 』、'71年度初監督第一作目!及び主演作品でもあるスリラー・サスペンス映画、当時邦題はイヴ・モンタン氏「 恐怖の報酬 」から、パクッたのだろうか?『 恐怖のメロディ 』だった。

サスペンス故、詳細内容控え概略のみお伝えすると、カリフォルニア州モンタレー半島所在するFM放送局、KRMLのデイブ・ガーランドは人気DJとしてエリア内知られるロコ・スターだった。そのオンエア時、定刻になると若い女性から度々電話リクェストが入るようになる、しかも毎夜リピーターの囁きは何時も、『 ミスティを聴かせて!』なのだ。

多少違和感持ちながらも、ファン1人だろうと気にも留めず忘れかけていた頃、放送終了後の或る晩、馴染みショットバーで見知らぬ妙齢女性と意気投合した彼は、その後我身に起こる異常な出来事など知る由もなく、若い男女ナリユキで・・・・・。


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Concert by the sea`54    Carmel`79       After hours`96


以前米国赴任中、南サンフランシスコ滞在から、撮影地モンタレーカウンティ(郡)は訪問した経緯在るのだが、SFOからLA方面へ海岸道路1号線を南下200キロ程へ位置し、西海岸有数の風光明媚、且つ海浜リゾート・エリアとして大変著名な場所だ。

また、イーストウッド氏が市長を1期お務めになった事でも知られるカーメル市は、此の地域へ所在しており、「 地の利 」活かすロケハンなのだろうか、カーメル湾崖上の眺望抜群大邸宅一室を、地方FMラジオ放送局として設定した。

サウンド・トラックとしてシーン内流れる楽曲「 ミスティ 」は、氏とも交流在った個性的左手リズム感持つジャズピアニスト、エロール・ガーナー氏 | Erroll Garner 作曲作品なんだが、ミスティックムード創りをタイトルと共に担っているだけではなく、スタンダード曲として比類なき地位も築いており、現在までジャンル問わず幅広いファンから、愛聴され続けている旨ご承知であろう。

ガーナー氏代表曲だった事で、音源も多数残されているようだが、'54年カーメル市ライブ録音「 Concert by the Sea 」がオリジナル盤となる(上図左)、しかし作詩されたのは翌年で、ジョニー・バーク氏 | Johnny Burke による歌詞創作まで、インストゥルメンタル・ナンバーだったなど、思いもよらなかった。

そして、此の街魅力へ惹かれた知識人や俳優・アーチスト達など、数多く居住する旨聞き及ぶのだが、元クルセイダーズのピアニスト、ジョー・サンプル氏 | Joe Sample もアルバム「 カーメル| Carmel 」作曲理由を、『 山海の自然環境生かしつつ、開発された雅な街並みに感銘受けた 』と、訪問時感動から作曲モチベーション起きた旨、後に応えている。(上図中)

ところで、イーストウッド氏「 ジャズ趣味 」米国内周知であり、御存知方々もおいでかと思うが、自他問わず過去映画作品において、作曲や作詞家としても作品を少なからず提供されており、演奏家或いは音楽総監督も担当するなど、映画監督だけではなく音楽的にも幅広く御活躍され、中でもジャズ・ピアノ奏者としての腕前は本格的なものだ。

因みに'97年業務で渡米時、LA のロデオ・ドライブ所在するヴァージン・メガストアにおいて、御子息カイル氏も共演するカーネギーホール・ライブ盤二枚組アルバムが、店頭ディスプレイ最前列へ飾られており、御土産と云っては大変恐縮ながら、CD購入させて頂き時折愛聴している。(上図右)


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                   `Play Misty For Me`
               Movie star :Clint Eastwood / Mr,
                 Pianist :Erroll Garner / Mr,

後に、イーストウッド氏はローリング・ストーン誌インタビューの際、映画評価基準について、以下如き云い得て妙な、大変興味在る受応えをされている。

『 映画観賞側に考えさせるのがA級映画ならば、全て説明してしまうのがB級 』とおっしゃられたようだ、ナ~ルホド!・・・・・・手前味噌で恐縮だが、良質なデザインや芸術作品等の評価でも類似点存在する為、本質突いているのかも知れない。果たして、初監督作品のご本人採点は、A・B級如何なモノだったのだろうか?

最後に蛇足だが、現在`iTunes`ライブラリーのラジオ、Jazzストリーム内には、映画タイトルそのままを下記放送局名とし、ブロード・キャスティング(128kbps)されているので、ご興味在ればお時間許す折にでも、クリック・チューン試みにどうぞ!

   Play Misty For Me / A musical tribute to Clint Eastwood's.


本名 : クリントン・イーストウッド・ジュニア氏 | Clinton Eastwood Jr.
1930年CA州サンフランシスコ出身米国人、俳優・監督・プロデューサー・作曲家・ピアニスト・政治活動家。ジャズ造詣深く、チャーリィ・パーカー題材とした映画『 Bird 』を監督、そして『 Thelonious Monk、Straight No Chaser 』では、敏腕プロデューサーとして製作総指揮を担当した。

イーストウッド家は、祖母から御子息カイル氏まで代々ジャズ嗜好しており、カイルは現在プロのジャズ・ベーシストとして活動中だ。
嘗て、イーストウッド氏本人も音楽勉強する為シアトル大学在籍したものの、生活費稼ぐ理由から退学せざるを得なかった、しかしながらアルバイトが縁で、俳優へのチャンス開けたのも運命なのかも知れない、また本年5月末81歳となられ意気軒昂でもある。

※ スケッチは当方オリジナル・イメージの為、描画内容と映画シーンは必ずしも同一では在りません事、ご了承下さい。

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