畦路ゆけば我家への近道

Take me home,country paths.






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                     一本路 / 20110904











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デッサン・ド・ムジィーク / 麒麟から黄色魔術楽団

Dessin de musique | KYLYN to YMO.

2011年7月は、デジタル放送元年として皆の記憶へ延々と残されるであろう。
嘗て、我が国テレビ業界初の試み、音声多重ステレオ放送が、'78年9月28日より日本テレビ系列(4ch)皮切りに、各放送局とも試験放送しつつスタートしたのだが、或る記憶と共に時期を明確に覚えている。
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『 パイオニア・ステレオ音楽館 』は、テレビ東京(12ch)ステレオ放送第1号として、僅か15分だったもののステレオ・サウンド通し視聴可能な音楽番組で、'78年12月25日から週末除く毎夕、17:45~18:00の放映スタートしていた。

その様な時節、新卒入社だった企業を辞職後、未拘束理由から余裕在る時間と退職金費やす為、ステレオ録画機能付ビデオSONY-J7(Beta)を約30万円で購入。
したがって夕刻視聴支障はなく、番組情報得つつ録画三昧の或る日、テレビガイドで耳慣れぬグループ名特集が1週間組まれ、ガイド欄トピックス読めば、当時新進気鋭のジャズ・ギタリスト渡辺香津美氏と、天才キーボード奏者の矢野顕子氏、元ハッピーエンド細野晴臣氏がクレジットされているではないか?!

恐縮ながら、注1/他の御三方記載在ったものの当時存じ上げず、上記三人参加だけでも期待膨らみ充分にも拘わらず、東洋的自虐性込めるような『 イエローマジック・オーケストラ:YMO 』称する屋号にも、洒落っ気と溢れる自信を感じつつ、直感的に惹きつけられた次第。

放映期間は'79年11月5日~9日まで毎日15分、合計75分間。演奏内容は同年8月米国LAのGreek theatreと、9月中野サンプラザ&芝郵便貯金会館催されたライブ映像で、いずれも奇抜な舞台注目されていたチューブスの、オープニングアクト(前座)として参加していたものだ。
'80年前後、ロックではニューウェイブやテクノポップ台頭、ジャズではクロスオーバーやフュージョン隆盛し、背景ではロッキーホラーショーなどロックオペラ持て囃された時代、エロ・グロ・ナンセンス得意なチューブス、トレンドだったのだろう。

また、現地臨席した訳でもない為公演評価控え目にするが、英語MC紹介後サングラスやマスクで顔隠す朱色人民服の奇異な東洋人達登壇し、S/E(システムエンジニア)松武秀樹氏動作と共にイントロが流れ始めた際、観衆反応看れば初演への懐疑的な好奇心に包まれており、序盤静寂保ちつつ緊張感含む演奏が進行する。

ところが、東洋性を先進的装置や自虐アイロニーで包み込む斬新なビジュアルと、プロフェッショナルでオリジナリティ溢れるテクノサウンドへ、徐々にであるが驚嘆してゆく姿垣間見られ、次第に大きくなる拍手や喚声が、序曲演奏後にはスタンディング・オベイションとして評価され、米国デビュー好印象与えた瞬間でもあった。


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              `KYLYN to Yellow Magic Orchestra`
                Guitarist :Kazumi WATANABE.  


さて、YMO以降坂本龍一氏の名声疑う余地はない、しかしメジャー成功前に進行させていた別プロジェクト、我国ジャズ・フュージョン史上重要な位置占める、『 KYLYN 』を忘れる訳にはいかないだろう、より正確記せば『 渡辺香津美+坂本龍一 』両雄プロデュースと云うべきプロジェクトが、存在していたのである。

当時、スタジオ・ミュージシャン注目されバンド結成へ至るケース多かった、其の元祖はスティーブ・ガッド氏など輩出した`Stuff`、或いはマイク・マイニエリ氏やブレッカー兄弟達の`N.Y.Allstars`であり、ジャズロック志向するフュージョン&AOR系活躍する時代背景から、国内でもカテゴリ異なるものの各ジャンル有望視され、血気盛んな若者達が仲間内セッション繰り返した後、同レーベルでバンド結成するに至る経緯、自然ナリユキだったようにも思う。

其の『 KYLYN 』、坂本氏作曲による楽曲名なんだが、それだけに留まらずグループ屋号或いはプロジェクト・ネームとして、且つ渡辺香津美氏自身と捉えても良く、語呂や音感もキャッチーで悪くは無く、スペリングに文学的感性表現され意味深でも在る。

だが、ギタリストをフィーチャーした凄腕揃いバンド、手練者が多忙極めつつ予想通り短期終焉してしまう、とは云え'79年5月から約4ヵ月で20回程のライブ公演と、同年4月初旬行われたスタジオ録音と、6月中旬録音された二枚組みライブ盤、計2枚アルバムを残し、日本ジャズ・フュージョン史へ其の名を轟かせたのだった。


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         KYLYN studio'79             KYLYN live'79

        ■ KYLYN BAND / ※印はライブ盤不参加  
        ・渡辺香津美(g)   ・小原 礼(b)    ・向井滋春(tb)
        ・坂本龍一(kb)    ・村上秀一(ds)   ・本多俊之(a.sax)
        ・矢野顕子(kb)    ・ペッカー(perc)  ・清水靖晃(t.sax)
        ・増田幹夫(kb)※  ・高橋ユキヒロ(ds)※

渡辺香津美氏、国際的には小柄な方であるものの、ギタリストとして手指は比較的大きいと感じた覚えがある、云うならばギターと云う楽器へ10代半ばで遭遇し、ご自身肯定せずとも天職選られたのではないだろうか?

氏の存在は、'75年モントルゥー・ジャズフェス訪問した際、知己を得た外国人より教えられたのだが、当時未だ弱冠21歳!でデビューアルバム他計3枚LP発売されており、欧州ファンも注視し始めていたようだった。
当初、速いテンポのフラット・ピッキングが、若者らしい荒削りさ伴うニュージャズ風味感じさせ、上品且つ自由な前衛的フレーズも醸し出しつつ、エッジ起つシャープで尖がった音色刻んでいた。

しかしながら、それから35年経過しジャズ・ロックとも称される氏演奏は、少年時代エレキブームで弾いたロックサウンドをルーツに、近年は熟成され芳醇だが緻密な旋律奏でる「 カズミ流オリジナル 」、とでも表現したら良いのだろうか?
ともあれ、昔日面影残しつつも現在脂の乗りきった、ジャズ界不動のスーパーギタリストである事、疑いようがない。

ところで、'70年代後半~'80年代初頭へ掛けて氏奏でる楽器は、フレットにLEDポジションマーク埋め込む、スタンリー・クラーク氏(bass)愛用でも著名な、米国Alembic社製のSSG(Short Scale Guitar)モデルを写真等で確認出来る、しかしながら冒頭グリーク・シアターでの演奏は、国内メーカーアリア社ARIA-ProⅡRSシリーズの、プロトタイプ!?であろうモデル抱えている様子、映像から詳らかに見てとれる。

当時、国内メーカーは氏使用へ商魂逞しく便乗し、'80年前後極めて高額製品だったアレンビック社の類似機種を各社製作しているようだ、例えばグレコ社GOやフェルナンデス社FAG-170俗称フェルビック | Ferbic!?などで、上記プロトタイプも其の例外ではなかったのだろう。

調査した訳ではないんだが、恐らくアレンビック社のシャドウモデルをアリア社が製作し、其の試作品持ち込んだのでは?と勝手な素人推察めぐらせてみた。
と云うのも、特徴であるスルーネック・ボディ構造は基より、バッテリ駆動の標準ジャックと共に併設された、パワーサプライ用出力ジャックのキャノン・コネクター対応やプリ・アンプ仕様など、ボディバランスやノイズ対策、或いは小音量機能への配慮採り入れている等々であるからだ。(下記左画像は市販品RS-750)


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      ARIA :ProⅡRS-750          ALEMBIC :SeriesI-SSG


本名 :渡辺 香津美 | Kazumi Watanabe.
東京都渋谷区出身のギタリスト及び作曲家。「 スイングジャーナル誌 」人気投票でギタリスト部門、31年間連続トップ維持する一方、作編曲においてはジャズやロックやポップス、或いは現代音楽などボーダレスに秀作を数多く手掛けるだけではなく、'96年洗足学園大学ジャズ・コース客員教授へ就任。
ジャズ界デビューは17歳、(御本人曰く)夢のようなメンバー率いて衝撃の1stアルバム完成させ、タイトルは『 インフィニット | Infinite 』、'71年の事。


注1/ 現在ではメガ・マジョリティである「 キョウジュ 」坂本龍一氏、当時スタジオミュージシャンとして、玄人筋へは知られていたものの一般には未だマイノリティ、同様に高橋ユキヒロ氏もサディスティック・ミカ・バンドのドラムスくらいの知名度で、プログラミング・SE松武秀樹氏に至っては全く無名。

※ 楽器掲載写真は、メーカーカタログより引用させて頂いた。また、スケッチ内へYMOアルバムからのサンプリング引用部在る旨、ご了承頂きたい。

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