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デッサン・ド・ムジィーク / 悪戯なエマニュエルに喝采

Dessin de musique | Applause to naughty but nice Emma.

「 耳障り・・・・・」へ続く用語数在れども、若干ネガティヴな用いられ方少なからずあるようだが、或るコンサートで「 耳障り・・・・!?」体感した際、私にとっては不快な雑音ではなく、生涯忘れ得ない美響が心象風景と共に脳裏へ刷り込まれた。

ジャズ音源初購入は、既に当ブログ紹介済みのオスカー・ピーターソン・トリオ。
当時利き耳した印象回想すれば、米国出身者ではない為だろうか?人種的暗鬱さを感じさせず、オクターブ以上開指する大掌駆使し、運指転がす様に奏でられる圧倒的な音粒連鎖から、渦巻くスマートなウネリ醸造する打弦楽へ魅了されていただけではなく、阿吽呼吸する相方レイ・ブラウン氏ピチカートするコントラバスの木質系響きが、柔暖で肌心地好い羽衣に包み込まれる風情のアンサンブルとなり、惹かれていた様に思う。

以降O.ピーターソン氏指芸を嗜好し、所属契約がヴァーヴからMPSそしてパブロへとレーベル移動の際、制作スタッフなど録音環境相違する為`音匂`弱冠変化感じるも、氏トリオのアルバム収蔵へ日々精進する?事となり、無意識とは云いながらファナティックな愛好者へと育成されると同時に、数小節聴かずとも僅かなイントロ利き耳すれば判別出来る程、氏腱タッチへ慣れ親しみ同化(オスカナイズ?)していったのである。

したがって当然の成りゆきながら、レコード或いはディスク収蔵だけに留まらず生演奏の臨場感へも勤しみ、聴取機会は過去数度の体感経験を持つ。その様な或る日、ピーターソン氏コンボ・ライブで心の琴線へ触れる出来事があった。


コンサートにおいて最終演目後、拍手喝采を浴び一旦はステージ去るも、観衆の好意的な追加演奏要望へ呼応し、多くの演奏家はアンコール曲目を披露する。
其の日も例外ではなく、再登場ねだるスタンディング・オベイションの拍子揃う事が合図かの如きタイミングで、演奏終了余韻未だ醒め止らぬステージへ再登壇し、徐に鍵盤距離測りつつ大柄な体躯を椅子に収め、観衆反応へ謝意込めた当日終章のアンコールソロ演奏が蕭然と始まる。

楽曲はガーシュイン兄弟作品`Someone to watch over me`だ。弾き始めると、氏額から大粒汗が滲み両頬から首筋まで伝い、それを時折ハンカチで拭いつつ演奏する姿はいつもながら、演奏中調子取る際囁謳するアドリブ・ハミングが、マイク通じ比較的大きく聴き取れるのは、即興イメージと運指が同調し上機嫌なのだろうか?

そして、名残惜しいエピローグも終局へ差し掛かり、私は後ろ髪引かれつつ喝采をスタンバイするも、フライング拍手は控えていた。ところが其の心理欺くかの如く、終節運指が鍵盤より離れ`終休符フェルマータ`の余韻間隙を衝き、やにわに大柄体躯を注/1ベーゼンドルファ上蓋(大屋根)内へ突っ込み、高音部張弦を指でシャリ~ンと注/2アルペジオしたのである。・・・・・束の間トキが沈黙し、聴衆は瞬時の出来事に戸惑いつつも一呼吸後、拍手大喝采云わずもがなであった。

当方にとって感傷へ浸る間も無いとは云え、意外性と斬新さ同居し遊び心溢れる童心的悪戯奏法!?が、耳障りな雑音ではなく心の琴線へ触れる美響和音として聴こえ、身体中の・・・否!脳内震えるほどの鳥肌モノ聞かせて頂いたように思う。ところが、終生忘れ難いギミック仕掛けた当人は、全く何事も無かったかの様に聴衆へ丁寧な目礼済ませるやいなや、素知らぬ貌で余韻覚めやらぬステージを降りてしまった!?



    N but N Emma_01a
            `Applause to naughty but nice Emma`


さて、表題「 エマニュエル 」についてもお応えしておかなければならないだろう。ピーターソン氏フルネームは`Oscar Emmanuel Peterson`が正式表記の為、其のミドルネームを引用し今件タイトルに使用させて頂いたのだが、更に加えれば偶然知り得た情報からインスパイアされたと云う経緯もある。

其の偶然情報とは、ブログ・ネタ収集の際氏本名をYou Tubeへ打込んだ処、サムネイル画像へ耳慣れないアーチスト名もリストアップされており、演奏者はハンガリー出身のカナディアン・ジャズピアニスト、ロビ・ボトス氏|Robi Botos、そして清麗な美しいイントロから始まるトリビュート曲が`エマニュエル|Emmanuel`だった。(下記参照)

我田引水お許し頂いた上独断推察加えると、東欧の音楽一家ボトス・ファミリーのカナダ移民に伴い(98年)、ボトス氏憧憬する「 エマニュエル 」と奇しくも同国籍得られる事になったのだが、ピーターソン氏父親が未だ幼い息子のピアノキャリアを支援する為、ハンガリー出身のクラシック・ピアニストへ弟子入りさせた経緯知悉し、其の運命的巡り会わせから、故師へ畏敬・賞賛・感謝・鎮魂など溢れる心情注ぐ記念碑的作品創作し、奉納したのであろうと勝手ながら想像する。

参照 → Emmanuel by Robi Botos / Tribute to Oscar Peterson.

ところで、ピーターソン氏は来日公演20回超える程の親日家ゆえ、我が国にも偉大な功績称え其の証が残されている。一般的には余り知られていないものの、東京赤坂所在するカナダ大使館の庁舎地階には、収容数233席の同時通訳及び音響視覚設備整う、コンサート・講演会・映画等催せる小ホール所在し、『 オスカー・ピーターソン・シアター』として其の名を後世に刻んでいる。
また、カナダ国民にとって煌星の様な巨匠ジャズ・ピアニストで在りながら、我が国においては心ならずも出身国認知度低い様に思う、私自身の単直な思い込みかも知れないんだが、「 ジャズ=アメリカ 」のイメージ定着している為、恐縮ながらジャズ入門当初の青春期愚生においても、暫くの間其の例外ではなかったから・・・・・。


    emma001a.jpg          robi001a.jpg
 My favorite instrument.1968         Place to place.2011

本名:オスカー・エマニュエル・ピーターソン氏|Oscar Emmanuel Peterson.
1925年カナダ・ケベック州モントリオール市出身ジャズ・ピアニスト。'49年ヴァーヴ創始者ノーマン・グランツ氏に認められ注/3JATP一員として米国デビュー後、レイ・ブラウン、エド・シグペン両氏等と共に`黄金トリオ`を結成、多くの名演評価されグラミー受賞歴8回、ベーゼン弾き(ベーゼンドルファ愛好者)としても著名。
'93年には脳梗塞患い、暫く現役退いたもののリハビリ後復帰果たし、健在ぶりを示していたのだが2007年12月23日、トロント市郊外自宅で天寿迎える、享年82歳。



注/1 ベーゼンドルファ|Bösendorfer : オーストリア製ピアノのメーカー。スタインウェイ(米)、ベヒシュタイン(独)と並んでピアノ製造の御三家。しかし2007年、日本楽器(ヤマハ)により買収され、'09年ベーゼンドルファ・ジャパン発足。
上質な円やかさと豊潤で品位在る音色が、低音部から中・高音部まで一貫しているベーゼンと比較し、スタインウェイは煌びやかさと硬質で美しい音色の高音、豊かで信頼性ある響きの中・低音を持つと云われている。

注/2 アルペジオ|Arpeggeo : ギター奏法の一つで、和音を一音づつ奏でる分散和音の事、或いはコード抑えた状態で弦を一本ずつ弾く事全般。ストローク奏とは違う、音の深みや韻を醸し出せる。

注/3 ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック|Jazz At The Philharmonic.
ノーマン・グランツ氏が旗揚げしたジャズ興行団体(1944–1983)。全米ツアー成功させた後、欧州や日本での興業でジャズを世界に広めた功績多大。また、現在ではライブ盤珍しくもないが、歓声や拍手入録の実況録音を当時レコード会社へ営業したものの賛同されず、自らレコード化した事がヴァーヴ出発点、グランツ氏慧眼天晴れ。


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15:08 : デッサン・ド・ムジィーク:  トラックバック(-)  コメント(4)
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