アスファルト舗装に育まれ天分を知る

Reminded talents from the blacktop training.

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若年世代との会話で、イキナリ注1/蝋石(ローセキ)と云っても説明必要だろうが、シニア世代にとっては大変懐かしく想い出深い、路地裏遊びの童具だった様に思う。

現在では安易に薦められないのだが、当方幼少期`道路もトモダチ`だった頃、近所や通学路必在した駄菓子屋の店頭にローセキは不可欠で、幼少者(私)にとって高価であるにもかかわらず、着衣ポケット内必需品として携行していたのは、アスファルト舗装路において遊ぶ際の、主役ツールでもあったからだ。

昭和30年代、高度経済成長期の好景気で、都内道路は次々とアスファルト路面に舗装された為、ローセキは童遊(ワラワアソビ)必須品となるものの、其れ以前は幹線道路を除き未舗装路が多かった為(東京板橋区)、陣地取りや石蹴り(ケンケンパ)など行う際、クギや木片用いて描線していた事など、追憶彼方から当時情景も甦る。

また手前みそで恐縮なんだが、当方祖母出身地が埼玉県寄居町だった事もあり、幼少期に祖母実家訪れた際、隣接する長瀞町の渓谷ライン下り(荒川上流)や川原遊びなどの後、ご当地名産品だったローセキを土産品として容易に入手でき、河原石やアスファルト舗装路面にお絵描き遊び(石筆画!)をしつつ、連座する従兄弟や幼馴染みの評価から、自身才能に気付かせられたのは天幸だったのかも知れない。


さて21世紀の現代、子供達の情景は如何?かと周辺街路を見遣れば・・・・・・・、当然ながらモータリゼーション進展背景に、`路面遊び`を推奨する親御さん達は居ないのだろう。したがって頻度多くは見かけないのだが、当方居住地が郊外故か?或いは希少機会に恵まれたのか?、近隣新興住宅地をポタリング(自転車散策)の際、玄関先路面へ向かい夢中で描画へ勤しむ子供達へ遭遇、美術的専門性持たない彼等石筆画を、知的好奇心に誘われつつ観察し、密かに愉悦する次第。

しかし、つぶさに観ると路面描線に数種の色彩混じる為、子供達の手にする筆記具は残念ながらローセキではなくチョーク筆画だったのだ。最近の市販状況鑑みれば、蝋石入手は容易ではない旨推察できる故、致し方ない現代的事情なのだろう。

また、専門的考察において注2/チョークアートとは趣を異にする為、正真正銘の石筆画ではないものの、当方幼少期にローセキで描いたモノと等価相通ずる童心溢れる路上作品であろうと、勝手ながら確信させて頂く。路面と向かい合い、無我夢中の境地を彷徨いつつも、専門家並の抽象的感性と溢れる創造(想像)力表現する子供達傍らに佇み、童心をシェア(共有)出来た様に垣間見たのは、デイドリームだったか?


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注1/ 葉ろう石(パイロフィライト)等ロウ感含む鉱石を云う、単一鉱物ではなく諸鉱物の集合体名称。鉛筆が未普及の明治時代初期の小学校では、ノート代わりに石板へ蝋石用いて書取りを行った、チョークと酷似するが描線は白色のみ。

注2/ 主に欧米諸国の飲食店メニューサインとして発展してきた”アート黒板”の事、色鮮やかなイラストやレタリングで描かれ、指で触れても雨にぬれても色落ちせず、現在失われつつある手描きのグラフィック看板。

00:08 : 絵画など:  トラックバック(-)  コメント(0)

夕暮れに柿影遊ぶ小舞土壁

Earthen walls reflect the persimmon shadow at dusk.







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                  夕影遊ぶ日向ぼこ / 20151025











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                   撓生る照柿橙 / 20151025 








※ 正月の縁起掛詞
冬の長影 : 末長く元気で幸せに / 土壁 : 粘り強く長持ち / 柿(嘉来) : 喜びや幸せがやって来る / 橙 : 代々家が絶える事なく繁昌 / 柿葉 : 常緑は不朽の象徴

19:59 : 写  真:  トラックバック(-)  コメント(0)