伝統的文化と進歩的文化

Traditional culture & progressive civilization.







       Traditional progressive_01
                西陽門牌楼の三次曲線 / 20160303




       






       Traditional progressive_02
                  鉄と硝子と混凝土 / 20160303








注/ 混凝土|コンクリート|Concret : 現代の日本では通常カタカナ表記をする様になったが、以前は漢字表記が広範に使用されていた。近代の中国語圏においては、現在でも此の漢字をコンクリート総称として使用している。

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聖ウァレンティヌスが女神ムーサと邂逅

St.Valentine encounterd with the goddess Muse.

数十年前私は、或る一部上場企業の店舗デザイン・セクション管理職として雇用されていた時代もあり、その折特筆するに価するかは不明なんだが、在席する直属部下の企画プランナー、グラフィック・デザイナー、店舗デザイナーなど十数名、殆んどが若く麗しい女性達と云う当方男系友人からは羨望されるような!?境遇だった。

ところが、毎年或るイベント時期になると対応に苦慮する職場でもあった、一般男子ならば歓天喜地で浮かれるシーンなのかも知れないのだが・・・・・・・・?

その期日の朝出勤すると、ドラフティング・デスク上にはバレンタイン・プレゼントが有り余る程置いてあり、1ヵ月後の恋愛ゲームさながらの返礼選定気苦労思うと、センチメント付義理チョコの数量は安易な愉悦へ浸っている訳にもいかず、お贈り頂いた女性達には大変申し訳なく心中お詫びしつつも、アリガタメイワク否めない状態。

尚且つ加えると、私は此の販促活動を仕掛ける側におり、企業内では前年夏より販売戦略会議を立上げ、商品企画やS/P活動及びディスプレーイメージ等のプロモーション・コンセプトを定め、会社一丸となり販売推進する例年行事。

しかも、其の売り場イメージ創りの中核的役割を当方セクションが担当していた為、翌年イベント時期には最早”色褪せた夢の跡”ミタイナ状況で迎えたからなのか、女性達ギフトにトキメク心地など湧き上がらなかったのかも知れない、当時を顧みれば思い遣りの欠ける罪深き心情反省したく思う・・・・・・・・。


       st_valentine01.jpg

さて、冒頭の様な恵まれた!?環境は既に遠い忘却彼方へ過ぎ去り、現在では幾つか頂く事もあるとは云え、年齢的にも”勘違いの希望!”さえ望めなくなり寂しい限りなんだが、今年頂いたモノの中に楽観的好奇心を抱かせるパッケージ・デザインが含まれていた為、義理チョコではあるものの少なからず魅了された次第。

すべての音楽好きの方々に贈るモノらしく、『 音楽とお菓子を融合させ優雅な時間を演出したチョコレートブランド!?』なんだそうだ。ブランド名はドルチェ・オーケストラ、上記画像のクラシックギター以外にも、ピアノや管楽器や打楽器をモチーフに造形の美しさが際立つパッケージのギフトセットが在るようだ。

現在でもココロはギターキッズ自称する当方における、一風変った新奇なギター・アイテムとして、マイコレ(クション)にパーマネント・キープすべく開封前にクリエイティヴ・ショット後、此の弦楽器音色(味覚)は如何なる響きを醸し出すのか?愉しみにしつつ、若干オトコの虚栄心が見え隠れするトピックを恐縮ながら試みた。



注1/ 聖ウァレンティヌス|ローマ帝国時代のキリスト教司祭、若い兵の士気が下がる理由から婚姻禁止だった時代、密かに結婚させた罪により2月14日処刑された聖人。

注2/ 女神ムーサ|ギリシア神話(Musa)において、音楽・詩作・文芸・言語などの活動を司る知の女神達(九姉妹)、英・仏語の単数形はミューズ:Muse.

14:26 : 音  楽:  トラックバック(-)  コメント(0)

タイトル 『 シカクのシカク 』 で卓話

"Blind angle of Visual"speech at Rotary Club.

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                  ©2015 横浜南央ロータリークラブ

横浜の或るロータリークラブに所属する企業経営者(50年来の友人)より、当方業務経験から得た智見を基に何か話して呉れないか?との依頼を受け、過去聴取者とは幾分趣きに違い在るものの、快諾させて頂くと共にクラブからの御好意もあり、昨年12月初旬横浜ランドマーク・タワーのロイヤルパーク・ホテル内催された例会において、恐縮ながらスピーチ(卓話)をさせて頂く事になった。

事前に卓話主題を問われていた為、暫しお時間を頂き創造的試行錯誤の結果?導き出した題案申し伝えてはあったのだが、少なからず惹起意図する『 シカクのシカク 』と云うタイトルは、漢字表記すれば『 視覚の死角 』・・・・となる。

主題意味する処は、長期に渡り商空間設計へ携わり感覚的に得られた極意如きモノで、物理的・精神的・潜在的な各視野において、『 観ている・見えている・視得ない 』各々の視覚伝達(見え方)が相違する点へ加齢と共に気付き、其れを如何に工夫しデザインへ反映してきたかを、異業種方々へ判り易くする為、出来得る限り専門用語使用せず解説したものだ。

当日聴取者の中には企業経営者も数多く参加されており、ご興味そそられたかどうかは全く不明なんだが、我ながら程々のタイトル・コピーを考案出来たのかも知れない?ナンテ自己満足感も在りながら、京浜東北線(根岸線)の桜木町へと赴いた。

準備作業については、伝えたい事の概略シナリオを起・承・転・結にまとめた手元ラフを作成し、事前シュミレーション行うもタイム・オーバーとなり、少なからず簡略化する必要に迫られ、本番では多少省きつつの執行とした。尚、ビジュアル・フィールドをテーマとする口述である故、卓話フォローする意味で御手元資料としてレジュメも用意次第。

また前述の視覚伝達論?タテ軸として、特別養護老人ホームの設計体験をヨコ軸に絡ませながら、昨今パブネタとして採り上げられ始めた注1/ ロコモティヴ症候群の視聴覚に付き、地獄耳などを参考例に挙げ全機能が衰えている訳ではない旨、死角として近似するのではないか?と評論加えつつ展開、ご清聴の中予定時間内に終了。

因みに当方において講演は、興味本位ではなく肯定的意図を含む業務で、過去複数回パワーポイント・スライド用いて履行してきたのだが、設計及び設計監理、企画構想計画のプレゼンテーション、或いはコンサルティングやアドヴァイザーなど通じ、得てきた知識や経験を他者へ伝えるべく監督・指導・教育・講義等行うにつき、些さか小賢しい造語披露し大変恐縮なんだが、識を通する意味合いから『 智融業!』と自称、当事務所の副産物としてきた経緯もあったのだ。

ともあれ、師走ご多忙の折に卓話機会を設定して下さった懐かしき友人と、当方へ対するお気遣いの上諸々お手数お掛けしたスタッフの方々へ、此の場を借り末尾ながら御礼申し上げておきたい。


注1/ ロコモティブ・シンドローム|Locomotive syndrome :日本整形外科学会によれば、運動器障害で移動機能低下した状態表す新語提唱している。略称はロコモ、和文では運動器症候群。

15:24 : デザイン:  トラックバック(-)  コメント(0)

夕暮れに柿影遊ぶ小舞土壁

Earthen walls reflect the persimmon shadow at dusk.







       shadow of dusk
                  夕影遊ぶ日向ぼこ / 20151025











       persimmon.jpg
                   撓生る照柿橙 / 20151025 








※ 正月の縁起掛詞
冬の長影 : 末長く元気で幸せに / 土壁 : 粘り強く長持ち / 柿(嘉来) : 喜びや幸せがやって来る / 橙 : 代々家が絶える事なく繁昌 / 柿葉 : 常緑は不朽の象徴

19:59 : 写  真:  トラックバック(-)  コメント(0)

アスファルト舗装に育まれ天分を知る

Reminded talents from the blacktop training.

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若年世代との会話で、イキナリ注1/蝋石(ローセキ)と云っても説明必要だろうが、シニア世代にとっては大変懐かしく想い出深い、路地裏遊びの童具だった様に思う。

現在では安易に薦められないのだが、当方幼少期`道路もトモダチ`だった頃、近所や通学路必在した駄菓子屋の店頭にローセキは不可欠で、幼少者(私)にとって高価であるにもかかわらず、着衣ポケット内必需品として携行していたのは、アスファルト舗装路において遊ぶ際の、主役ツールでもあったからだ。

昭和30年代、高度経済成長期の好景気で、都内道路は次々とアスファルト路面に舗装された為、ローセキは童遊(ワラワアソビ)必須品となるものの、其れ以前は幹線道路を除き未舗装路が多かった為(東京板橋区)、陣地取りや石蹴り(ケンケンパ)など行う際、クギや木片用いて描線していた事など、追憶彼方から当時情景も甦る。

また手前みそで恐縮なんだが、当方祖母出身地が埼玉県寄居町だった事もあり、幼少期に祖母実家訪れた際、隣接する長瀞町の渓谷ライン下り(荒川上流)や川原遊びなどの後、ご当地名産品だったローセキを土産品として容易に入手でき、河原石やアスファルト舗装路面にお絵描き遊び(石筆画!)をしつつ、連座する従兄弟や幼馴染みの評価から、自身才能に気付かせられたのは天幸だったのかも知れない。


さて21世紀の現代、子供達の情景は如何?かと周辺街路を見遣れば・・・・・・・、当然ながらモータリゼーション進展背景に、`路面遊び`を推奨する親御さん達は居ないのだろう。したがって頻度多くは見かけないのだが、当方居住地が郊外故か?或いは希少機会に恵まれたのか?、近隣新興住宅地をポタリング(自転車散策)の際、玄関先路面へ向かい夢中で描画へ勤しむ子供達へ遭遇、美術的専門性持たない彼等石筆画を、知的好奇心に誘われつつ観察し、密かに愉悦する次第。

しかし、つぶさに観ると路面描線に数種の色彩混じる為、子供達の手にする筆記具は残念ながらローセキではなくチョーク筆画だったのだ。最近の市販状況鑑みれば、蝋石入手は容易ではない旨推察できる故、致し方ない現代的事情なのだろう。

また、専門的考察において注2/チョークアートとは趣を異にする為、正真正銘の石筆画ではないものの、当方幼少期にローセキで描いたモノと等価相通ずる童心溢れる路上作品であろうと、勝手ながら確信させて頂く。路面と向かい合い、無我夢中の境地を彷徨いつつも、専門家並の抽象的感性と溢れる創造(想像)力表現する子供達傍らに佇み、童心をシェア(共有)出来た様に垣間見たのは、デイドリームだったか?


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注1/ 葉ろう石(パイロフィライト)等ロウ感含む鉱石を云う、単一鉱物ではなく諸鉱物の集合体名称。鉛筆が未普及の明治時代初期の小学校では、ノート代わりに石板へ蝋石用いて書取りを行った、チョークと酷似するが描線は白色のみ。

注2/ 主に欧米諸国の飲食店メニューサインとして発展してきた”アート黒板”の事、色鮮やかなイラストやレタリングで描かれ、指で触れても雨にぬれても色落ちせず、現在失われつつある手描きのグラフィック看板。

00:08 : 絵画など:  トラックバック(-)  コメント(0)